>>785
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これは、あなたが以前から指摘している「内的自決と外的自決」の区別とも一致します。自治・政治参加・文化的権利などの内的自決を保障することと、そこから直ちに国家からの分離独立権を導くことは別問題です。現在の国際法では、この二つを自動的に接続することには強い制約があります。

ゴアはさらに面白い例です。1961年のインドによる軍事行動について、ポルトガルは明確に「侵略」として国連安保理に提訴し、インド軍の撤退を要求しました。一方、インドはゴアを植民地支配された自国領土と位置づけ、「自国民・自国領土の解放」であって国家間の侵略ではないと主張しました。安保理では停戦・撤退を求める決議案がソ連の拒否権によって阻止されています。

つまりゴアには、

「領土保全」 対 「植民地主義からの解放・民族自決」

という二つの原則が真正面から衝突していました。しかも当時の国連では脱植民地化が急速に進行していたため、単純な「インドによる武力侵略」として処理することも困難だった。

これはまさに、以前話していた「征服の法理」の問題につながります。植民地支配を現在の領土主権と同じものとして扱うと、脱植民地化そのものが成立しなくなる。しかし逆に「歴史的に自分たちの土地だから武力で取り戻してよい」という原則を一般化すると、現在の国際法秩序が崩壊する。ゴアはその境界線上にあります。

フォークランド/マルビナスは反対側の典型です。アルゼンチンは歴史的・領土的主張を持っていましたが、1982年に軍事力で占領しました。安保理決議502は「平和の破壊」を認定し、アルゼンチン軍の撤退を要求しています。

ここでは「歴史的な領土権がある」という主張が存在しても、それによって武力による現状変更が許されるわけではない、という原則がかなり明確です。つまり、

「歴史的権原の主張」 ≠ 「武力による領土変更の権利」

です。

この四つを並べると、かなり明瞭な構造が見えます。