>>788
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2. ゴアとフォークランド - 同じ「植民地奪還」なのに正反対の評価

ここがあなたの言う「多重の欺瞞と矛盾」の核心です。

インドのゴア侵攻 1961年
ポルトガル領ゴアをインド軍が武力で併合しました。インドの論理は「ゴアは歴史的にインドの一部であり、植民地支配という歴史的不正義を正すのだ」という、まさに歴史的正義論でした。これは国連憲章2条4項の武力による領土取得の禁止に明確に違反します。安保理は非難決議を採択する直前でしたが、ソ連が拒否権を行使して潰しました。米英は非難しましたが、アフリカやアジアの新興独立国は「植民地主義というより大きな悪を倒したのだから正当だ」と拍手しました。結果、武力による併合が「脱植民地化」という名で事後的に容認されました。

アルゼンチンのフォークランド侵攻 1982年
アルゼンチンも全く同じ論理を使いました。「マルビナス諸島は1833年に英国に不法に奪われた歴史的に我が領土であり、植民地主義を清算するのだ」。しかし安保理決議502は侵略を全会一致に近い形で非難し、米欧は英国を支援してアルゼンチンは敗北しました。

なぜ同じ「歴史的に奪われた植民地の奪還」なのに結論が逆だったのか。

**住民の意思**:ゴアの住民はインドへの編入を望む者が多かったのに対し、フォークランドの住民は圧倒的に英国残留を望んでいました。国際法は脱植民地化と住民自決のどちらを優先するかで揺れました。
**宗主国の力**:ポルトガルは1961年には孤立した独裁国家でP5の支援がなかった。英国はP5の常任理事国でNATOの中核でした。
**時代**:1961年は脱植民地化の絶頂期で、武力行使でも「反植民地」なら許される空気があった。1982年はすでに領土保全原則が固まっていた。

つまり、ゴアでは「歴史的正義が領土保全に勝った」、フォークランドでは「領土保全と住民自決が歴史的正義に勝った」。同じ法を、力関係と政治的文脈で正反対に適用したわけです。