​「反実仮想を排除せよ」という主張は、倫理学という土俵そのものを破壊する自殺行為である。

​レス100において、非人称評価から「反実仮想(もし~ならばという比較)」を排除すべきだという主張がなされていますが、これはベネターの論証に対する反論ではなく、倫理学における価値判断そのものを不可能にする破綻したルールです。


​比較なしの価値判断は不可能である

「もし存在していれば苦痛があった」という反実仮想を排除するなら、「病気の治療」も「救命活動」もすべて価値評価不能になります。

「溺れている人を助けるのが善い」という判断は、「溺死する世界(A)」と「助かって生きる世界(B)」を比較する反実仮想の論理の上に成り立っています。

これを排除すれば、批判者たちが当然視している「出生の肯定」も「人生の良さ」も、比較対象を失い、完全に価値評価不能(ニュートラル)となるでしょう。

自分たちの土俵(出生の肯定)を守るために、倫理学の基礎(反実仮想)を破壊するのは論理的整合性の放棄です。