ベネターが論理の出発点に置いている「直観」について

「社会的常識」ではなく「生命としての非対称性」

​荒らしは「直観=世間の過半数がなんとなく思っている常識(=子供を産むのは良いことだ)」とすり替えているようですが、倫理学やベネターの言う直観は、例えば「ローソクの火に指を突っ込めば熱くて苦しい」「水に沈められれば苦しくて恐怖を感じる」という、生命として絶対に否定できない『苦痛への根源的な忌避感』のことです。

​そして、ここからがベネターの非対称性論の核心に繋がります。


​苦痛に対する直観
(火や水への恐怖など)

私たちは、まだ見ぬ未来の子供に対して「あえてローソクの火に指を突っ込ませるような真似(=苦痛を与えること)」をしてはならないと、本能的・生理的なレベルで強く確信しています。

これが「苦痛の現存は悪であり、苦痛の不在は善である」という直観のベースです。


​快楽に対する直観

一方で、私たちは「まだ存在していない空間」に対して、「そこに誰もいないから、ローソクの綺麗な炎を見せて喜ばせてあげられないのは可哀想だ、悪だ」とは思いません。

水中で息が苦しい恐怖は生理的に絶対に拒絶しますが、「水中で泳ぐあの爽快感を、まだ生まれていない存在に味合わせないのは罪だ」とは誰も本気で怒りません。