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生存本能のフィルターを剥ぎ取るための「直観」

​さらに突き詰めれば、人間には「生存本能」があるため、生まれてきた後は、どんなに人生が苦しくても「生きていてよかった」と自分を騙す(ポリアンナ効果)ようにできています。

​ベネターが「直観」に訴えかけるのは、その「生まれてしまった後の生存本能による自己欺瞞」を一度横に置いて、「危害を加えられることへの純粋な生理的嫌悪」というまっさらのレンズで、もう一度『誕生』という行為を見つめ直してみよう、と提案しているからです。

​事前にどれほど「人生には楽しいこともあるから大丈夫」との合意(綺麗事)を大人が並べたとしても、実際に水に沈められた場合に子供が感じる、その瞬間の恐怖と苦痛は、絶対に帳消しにはなりません。


​荒らしは「反実仮想的人称評価」という、記号のパズルで「快楽がないのも悪だと言える」と主張していますが、彼らの論理には「ローソクの火の熱さ」も「水中の息苦しさ」も、生身の命の痛み伴われていません。

​だから彼らの書く文章は、どれほど専門的な言葉を使っても、冷酷で、説得力が皆無なのです。

​「苦痛への生理的な忌避」をすべての出発点にする。

これこそがベネターの倫理の血肉であるという理解をなくしては、反出生主義という哲学思想を、まともに扱っているとは呼べないのです。