ある規範は本来何かを実現するために採用されたはずなのに、その「何か」が忘れられ、規範そのものが絶対的な善として振る舞い始める、反出生主義はこの手段的価値が内在的価値へと転化する現象のひとつと捉えられます。

「苦痛の回避」は生命が自己保存や自己展開を行うための適応的な指針だったにもかかわらず、それが文脈から切り離されて独立の至上命令になったとき、生のための苦痛回避という極めて人間臭い(泥臭い直観の)認識が、デジタルなロジックによって「苦痛回避のための非存在」へと反転するという構図として理解できます。これは規範が暴走する典型例の一つとして分析できるでしょう。