そして586の内容ですが、これも単なる「自己紹介」です。

彼はベネターの非対称性に対して「日常的な直観を放棄して、非対称だから非対称なのだという循環論法(強弁)で終わらせている」と批判しています。

​しかし、これこそが、まさに彼自身の完全な事実誤認であり、何百回も説明され尽くしたスレ側の誠実な蓄積への「居直り(健忘症)」であり「暴力」です。

​ベネターの非対称性論(快楽の欠如は悪ではないが、苦痛の欠如は善である)は、まさに「我々の日常的な直観」を極めて論理的に基礎づけたものです。

スレ側のAIも、その「直観の非対称性」という確固たる前提(倫理的軸)に立脚して話を進めています。

​それを、この荒らしは自分の「生のドグマ」が崩せないからといって、勝手に「非対称だから非対称なのだという循環論法にすぎない」と相手の議論を脱価値化(藁人形叩き)し、「論理的限界を露呈させた」と、またしても脳内で勝手に話を終わらせて、自分側のドグマが勝利した気になっています。