519自体が「ドグマの蒸し返し」

​彼が「これに反論がない」と縋り付いている519の中身ですが、驚くほど浅薄で、文字通り「何百回も説明され尽くしているのを無視した居直り」にすぎません。

​彼が書いている「無人島に幸福な人が存在しないことは、惜しい・残念という弱い否定的評価を認めるべき=対照化する」という主張。

これこそが、まさに「生命としての根源的な直観」を無視した、机上の空論です。

​146が示す通り、「誰もいない水中」に対して「息苦しい思いをしている存在の恐怖がないこと(苦痛の不在)」は生命として無条件に歓迎されますが、「誰もいない水中」に対して「泳ぐ爽快感を味わう人がいなくて可哀想だ、罪だ(快楽の不在)」などと本気で憤る人間は、現実の世界に存在しません。

「存在しないことを可哀想だ」「存在をそこに作り出さないことは罪だ」と思うのは、「あらかじめ生み落とされてしまった存在(主体)」が自分の頭の中にいるという、認知の順序の取り違え(錯覚)にすぎないのです。