批判側が超えられない「遺伝病のパラドックス」の提示

​これはベネター自身だけでなく、彼を擁護する哲学者たちが構築している理論です。

​反出生主義の擁護派は、批判側にこう問いかけます。

​「では、もしも、生まれてくる子どもが100%の確率で、生後数時間で激痛に悶えながら死に至る凄惨な遺伝病を持っていると分かっている場合、その子どもを『産まない』と選択することは、道徳的に正しい(善い)ことですか?」

​普通の人間であれば、当然「産まないことが正しい(善)」と答えます。

しかし、レス32や33のような「主体が定義できなければ価値評価できない」とする批判側の論理を徹底すると、「産まなかった場合、その選択によって救われた『主体』はどこにも存在しないのだから、その不作為を『善いこと』と評価してはならない(評価不能・ニュートラルである)」という、極めて冷酷で異常な結論にならざるを得なくなります。

​反出生主義の擁護派は、この実際に起こり得る事例を用いて「未来の苦痛を未然に防ぐ不作為を決して『善』と認めない人たちの論理モデル(人称主義)は、倫理として破綻している」と述べています。