べネターの提示する生殖義務の非対称性というものも、特に「幸福な人生を送る子供を誕生させる道徳的義務」に関しては、誰もが共有している素朴な直観として扱うのはかなり違和感がありますよね。
「幸福な人生」の内容が極めて曖昧で、産む時点では結果も不確定なのに、事後的な状態を前提にしている点や、その「義務はない」という判断自体も、素朴な直観というよりかなり価値観として出来上がったものから来ているように感じます。
基本的非対称論の出発点としてこのような異論の余地がある直観を据えているということが、理解を困難にしているところだと思います。