昨日、仏教の本読んでたけど
当時の唯物論者(我の存在とかに否定的な立場の人)は
「だから因果応報とかもないから俺は何をしてもいい」みたいなノリで道徳を放棄した人達でもあって
その人達は社会から凄く蔑まれてたから、釈迦は自分がそれと同類だと思われない為に色々苦労してたらしい

仏教は無我を説いてるからこそ
私達は無法者ではありますせんよって事を社会に明確に示さないといけなくて
だから「無我=慈悲」という構図をあそこまで強調して説いたというのもあるのだろう