## 2. ベネターとシンガーをどう「論破」するか
この「選択依存の非対称性」を用いることで、二人の哲学者の極論を以下のように見事に解体できます。
## 対ベネター(反出生主義への反論)
ベネターは「どんな人生にも一滴の苦痛がある。だから子どもを産むことは常にその子への加害(悪)だ」と言いました。
しかし、選択依存の非対称性からはこう反論します。「人生に多少の苦痛があっても、全体としてその子が『生まれてきて良かった』と思えるような幸福な人生を送るなら、親の生殖行為はその子に対する加害(権利侵害)にはならない。存在させた結果、その人が感謝するならば、それは道徳的に許容される行為である」とし、全人類の生殖を一律に禁止するベネターの極論を退けます。
## 対シンガー(総量功利主義への反論)
シンガーは「快楽の不在は損失。だから幸せになる命なら、世界の幸福の総量を増やすために産む義務がある」と言いました。
しかし、選択依存の非対称性からはこう反論します。「産まなかったとしても、『幸福を奪われて悲しんでいる人』は世界のどこにも存在しない。 したがって、まだ見ぬ可能的な快楽のために、今生きている人々に『子どもを産め』という義務を課すのは論理的な誤り(カテゴリーエラー)である」とし、人間を生殖マシーン化するシンガーの暴論を退けます。
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## 3. この理論がもたらす「常識的な着地点」
選択依存の非対称性が導き出す結論は、私たちが日常的に抱いている以下のような道徳観と完璧に一致(=反照的均衡を達成)します。

1. 「悲惨な人生(重い病気や絶望的な環境)が待っていると分かっている子どもを、あえて産むのは悪である」(ベネターの直観の正しい部分を肯定)
2. 「幸せな人生を送れる見込みがあるなら、子どもを産むことは素晴らしいし、何の問題もない(義務ではない)」(シンガーの直観の過激化を防ぎつつ、出産の価値を肯定)
3. 「子どもをあえて産まない選択(子なしの人生)をした夫婦を、道徳的に非難することはできない」(個人の自己決定権の尊重)