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国際法上に限定すると、メドベージェフの「北方領土はロシアの土地であり続ける」という断定は、少なくとも「国際法上、ロシア領として確定している」という意味では妥当とはいえません。

ポイントは、北方四島について「ロシアが現在支配していること」と「ロシアが国際法上の領有権を確定的に取得したこと」を分けることです。

1855年の日魯通好条約では、日露国境は択捉島と得撫島(ウルップ島)の間に設定されました。その後の1875年樺太千島交換条約では、日本が千島列島を取得しています。したがって、日本側は「北方四島については、少なくとも1945年以前にロシアから日本へ移転された千島列島とは別個の領域であり、戦前の国際条約上日本領だった」という法的連続性を主張できます。

第二次大戦後について最も重要なのがサンフランシスコ平和条約です。同条約2条(c)で日本は「千島列島」に対する権利・権原・請求権を放棄しました。しかし、同条約は放棄した「千島列島」の帰属先をロシアと明記していません。しかもソ連は同条約の署名国ではありません。したがって、「サンフランシスコ平和条約によってロシアの北方四島領有権が確定した」という論理は成立しません。

さらに重要なのは、日本は北方四島を「千島列島」には含まれないと解釈していることです。この解釈を採れば、日本は四島についてサンフランシスコ平和条約による領有権放棄をしていないことになります。

一方、ロシア側には当然反対の法的構成があります。ソ連は1945年に四島を占領し、その後実効支配を継続してきました。ロシアからすれば、第二次大戦の結果として領土処理が行われ、その後の国際秩序の中でソ連・ロシアの領有が定着した、という主張になります。

ただし、ここで非常に重要なのが、1945年の軍事占領=そのまま国際法上の領土取得、ではないことです。戦争終結時の領土処理については、降伏文書、ポツダム宣言、カイロ宣言、ヤルタ協定、サンフランシスコ平和条約、さらにその後の日ソ・日露間の合意を総合的に検討する必要があります。