理系にも分かる人権――「最適化」してはいけないものは何か:「制約条件としての人権」論の系譜と数理

読書猿

「人権は科学的に証明できない。ゆえに虚構であり、守る根拠がない」という懐疑論に対し、本稿は二段階で応答する。第一に、この懐疑論が依拠する推論――「物理法則から導出できない」から「無根拠である」への移行――は、事実と規範の論理的区別(ヒュームの法則)を懐疑論者自身の立場にも等しく適用すれば自壊することを示す。第二に、人権を「社会的目的関数の最大化に先立って課される制約条件(constraint)」として定式化し、この定式化が(a)規範倫理学における権利基底的理論(ノージックの側面制約、ドゥオーキンの切り札論)、(b)社会的選択理論の不可能性定理(センのリベラル・パラドックス)、(c)立憲経済学(ブキャナン)、(d)AIセーフティにおける制約付き最適化(CMDP)という、相互に独立に発展した複数の研究伝統において繰り返し到達されてきた構造であることを確認する。そのうえで、制約条件アプローチ自体の限界――権利衝突、アレクシーの「最適化命令としての原理」論、執行機構の問題――を検討し、「人権は定理ではなく仕様である」というテーゼを、単なる比喩ではなく学説史的に裏づけられた定式として提示する。