すがや千坂が1968年問題の提起にこだわり続け、千坂が新左翼は総括してないと主張し続けるのは、
彼らが時代遅れだから。
世界の新左翼、特にトロッキストやアナキスト達は、とっくの昔にモニュメンタリズムやカノニズムを捨て去り、
コストのかかる、紙の本の出版から撤退し、インターネットの自分たちの党派のサイトでニュースを報道し、
解説分析を加えたり、論文集を保管している。
千坂はキャサリン・マラブーについての講演や対談までやってるが、
マラブーの「プラスティシティ」(可塑性)こそは、モニュメンタリティへの批判や保管でもあることは明白。
それに気づかない千坂には、決定的に読解力が欠けている。
千坂の本が全く売れないのには理由があるんだよ。
完全に時代から置いてきぼりを食らってる。