デヴィッド・ベネターの『生まれてこないほうがよかった』(原著2006年、日本語訳2017年)が公刊されて以降、反出生主義は単なる極論やネット上のアングラな話題にとどまらず、分析哲学や応用倫理学の正当な議論対象として、学術的・多角的に研究・対話が重ねられてきました。

​大学の講義やゼミ、哲学サークルなどの場において、生の価値や予防的倫理、存在の非対称性といったテーマを考察するための「有意義で深い問い直しを与えるテキスト」として扱われてきた豊かな実績と学術的文脈が存在します。

​そうした積み重ねや知的な広がりを一切知ろうともせず、あるいは意図的に無視して、数年前の古いステレオタイプや身勝手な偏見だけで頭ごなしに叩く行為は、まさに自らの無知と不勉強を露呈しているに過ぎません。

​現代における哲学的な議論の現在地すらアップデートできず、ただ自分の狭い認知と攻撃性を満たすためだけにレッテル貼りを繰り返す姿は、知的な対話の土俵にすら上がれていない愚行と言えます。