メイヤスー 『有限性の後で』 人文書院 181頁


偶然性[contingence]という語は、ラテン語の contingere すなわち到来する
という語を語源に持つものだ。つまり、偶然的なものとは、到来するものなのだが、
それは、私たちに到来するほどに十分に到来しているものなのである。


それは、要するに、何かが最後に到来するときを意味する。他の何かが到来し、
それは、すでに数え上げられたあらゆる可能性から逃れて、ありそうもない
ことも含めてすべてが予見可能である賭博の、その虚しさに終止符を打つのだ。


何かが私たちに到来するとき、新しいものが私たちの喉元をつかむとき、
計算は終わり、賭けも終わる。そしてついに、真面目なことが始まる。


けれども、この事態の肝心な点は、計算も賭けることもできない出来事に
ついての最も強力な思考は、それでもなお数学的であるような思考なので
あり、芸術的な思考でもなければ、詩的でも宗教的でもないということで
ある。まさしく数学の道を辿ることによって、私たちはついに、その新しい力
で、量というものの道行きを変え、ゲームに終わりを告げる。