>>172条件付きで認めた出生でも義務論からの批判が残るので、すべての出生は完全な正当化ができないという立場です。

>快苦というふたつの指標で考えたら複雑な議論なるのでは?
グレーゾーンを創出したい感じかと思いますが、弁証法的に必ず悪を含むのでその探求は不毛ではないでしょうか?

>快の最大化をなぜ出生の許容条件として採用する?
快の最大化は功利主義の条件だからです。 最大化といっても予想される快の喪失が苦の付与量よりも多いから悪いという感じなので
苦の付与量よりもわずかでも多くなればそれで許容されるという話です。
というかさんざん前の板でやってたんですけどwなんでまた掘り返してるんでしょうか? ★29とかですね。
前の板読んできてくださいって言ったじゃないですか。目見えないんですか?使えない目ん玉ならくりぬいて銀紙でも貼っててください。

>>174
まず述べられている「可能性」というのも結局は生における快の側面ですから私の復唱にしかなってませんし
これ私があらかじめ封殺した功利主義的弁解に適合しちゃってますよね?

あるいは可能性はハイデガーの開かれとか東の訂正可能性みたいな感じですかね。
害はあるんじゃないですか?少なくともリスクという言い換えができる時点で単に害因子の時間を引き延ばしてうやむやにしているだけなので最初のグレーゾーンの話に統合されるのでは?
こういうのはメイヤスーの偶然性と必然性の話みたいで楽しいですけど。