ゴミのような法律が次から次へと通っていくようだ。クィアはこういうのには反対しているようなのであるが。クィアはまあ単独性といったもののあらわれ?みたいなものだろうから、避けがたい発想なのかもしれないが、付き合ってられないようなばかばかしい実践的帰結の数々。福田イデオロギーズ第5章では普遍性が失われた結果、場への撤退やら、単独性の称揚といったものが起こる(失われた時を求めて)といっているが、柄谷の探求Uとかだと、単独性と普遍性の軸とかが出てきたと思うが、福田の方が明らかにオーソドックスはなっそうなのであろう。

河原梓水🪷『Antitled』6号投稿申込受付中@azumikawahara2·44分
売春防止法改正案、買春処罰の負の影響について、検討会メンバーはそれなりに把握しているように見えました。にもかかわらず、買う側の勧誘行為の処罰化が強行されることにがっくりきています。
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