慈しむ事と執着を捨てる事って両立しなくね?って何時も思ってるんだけど
それの解答が、どんな命にも同じくらいの価値を見出せという話で
「平等に慈しめ」ってのは実は、みんなに幸せになって欲しいと願う事で逆に誰が不幸になってもそれだけには依存してない状態にする、リスクマネージメント的な話なのだろうか?