この世の幸不幸は任意に選べるものではなく、また密接に関連し表裏一体であることもしばしばです

一切衆生と幸せを共有したいと願うことは簡単ですが、不幸も共有したいと願うことは難しいでしょう。実践することはことさらです

つまるところ他者への慈悲なるものをいうのなら、その不幸も我が事として受け入れざるを得ないはずですが、そこは都合よく語られないことに、慈悲なる概念が別の意図を持って用いられていると気づくべきです