探検


この世はコンピュータ内の仮想現実 5

2026/10/29(木) 04:20:50.480
❝ Le seul véritable voyage, le seul bain de Jouvence, ce ne serait pas d’aller vers de nouveaux paysages, mais d’avoir d’autres yeux, de voir l’univers avec les yeux d’un autre, de cent autres, de voir les cent univers que chacun d’eux voit, que chacun d’eux est.❞                     ー Marcel Proust
前スレ

この世はコンピュータ内の仮想現実 4
https://lavender.5ch.io/test/read.cgi/philo/1787389424/
2026/10/29(木) 04:24:54.380
サルトルは、プルーストのことを天才だと高く評価していたよ
2026/10/29(木) 04:25:30.050
あと、前スレにある君の流動による連想言語ゲームの有用性の考え方は当初の生成AIの作用機序のアプローチ法と同じだね。取り敢えず、確率的に一番上手く繋がりそうなものを順次出力にしてみよう、という発想だから。

よって、チョムスキーのようなメタな普遍文法から演繹的に導出するLLMではAIとしてまともに使えないことが分かった。これが君の言う定義や決めつけるによるフリーズに該当する

今は、チョムスキー的なものも折衷的に使われているモデルもあるだろうから、どちらも臨機応変に使えばいいのでは?というのが私の考えで、知識表現的な形式化は、やはり計算機資源を節約するから、過剰データセンターのエコ問題もあるから今後はさらに必要になるのかもしれない
2026/10/29(木) 04:25:48.430
その意味で後期ウィトゲンシュタインの言語ゲーム論は、実用に足る生成AIのモデルを概念的に予見的に見事に扱っていたことが判る。さすが教え子にチューリングのような天才がいるだけの哲学者だな、と感心する
2026/10/29(木) 04:26:18.750
前期の論考のウィトは、命題の全単射的な一対一の対応付けが得られる世界モデルを構想していたのだろうけど、世界には亀裂があるから、それでは捕捉しきりない無理が生じる。

だから、ゲーデルの不完全性定理のように、あらかじめバグを読み込んでいる方が、我々の世界の実状にフィットしているということだね
2026/10/29(木) 04:28:19.990
さて、【ℵ】の続きでも書こうかな
、それともしばらく、お休みしようかな。
2026/10/29(木) 22:17:35.830
韓国の呪いコンピュチングや〜
8声音の効き目
垢版 |
2026/11/01(日) 15:57:09.190
>J’avais cessé de me sentir médiocre, contingent, mortel. D’où avait pu me venir cette puissante joie ?
Je sentais qu’elle était liée au goût du thé et du gâteau, mais qu’elle le dépassait infiniment, ne devait pas être de même nature.
D’où venait-elle ? Que signifiait-elle ? Où l’appréhender ? Je bois une seconde gorgée où je ne trouve rien de plus que dans la première, une troisième qui m’apporte un peu moins que la seconde.
Il est temps que je m’arrête, la vertu du breuvage semble diminuer. Il est clair que la vérité que je cherche n’est pas en lui, mais en moi.

Page:Proust - Du côté de chez Swann.djvu/62

これは、プルーストの代表作の最もよく知られたエピソードの記述の一部だが、あらためて読み直してみると、それでもやはり今さらながらに気づかされることがある。
それは、"la vertu"についてである。
9考える名無しさん
垢版 |
2026/11/01(日) 16:04:05.730
>Éthique de la vertu
L'éthique de la vertu est une expression utilisée en éthique (philosophie morale) contemporaine, afin de la distinguer de deux autres courants majeurs de l'éthique normative : la morale déontologique, qui insiste sur le devoir moral propre à l'action, et le conséquentialisme, qui insiste sur les conséquences de l'action.
fr.wikipedia.org/wiki/Éthique_de_la_vertu

>徳倫理学
徳倫理学(とくりんりがく、古希: ἀρετή、古代ギリシア語ラテン翻字: aretḗ、アレテー(英語版)、英: virtue ethics [ˌærəˈteɪ.ɪk])とは、他の倫理体系が自発的行為の結果、行為の原則や規則、あるいは神の権威への服従を主要な役割とするのに対し、美徳と道徳的性格(英語版)を倫理学の主要な主題として扱う哲学的アプローチである。
ja.wikipedia.org/wiki/徳倫理学
10考える名無しさん
垢版 |
2026/11/01(日) 16:13:56.680
見ての通り、フランス語の《la vertu》は、一般に「徳」と日本語に訳されることの多い、アリストテレスの倫理学における"ἀρετή"に対応する訳後としても用ゐられてゐるが、上に引用した箇所では、例えば、「薬」であれば、その「薬効」に相当するような「効き目」といった感じの意味合ひで用ゐられてゐる。
ネットの検索でヒットする訳例の引用から孫引きさせてもらうと、以下のとほりである。

>私は二口目を飲む、そこには一口目のとき以上のものは何も私に見出されない、三口目は二口目よりもすこし劣ったものしか私にもたらさない。もう私はやめるべきだ。 飲物の効力は減ってゆくようだ。
翻訳:井上究一郎 1984年初版 筑摩書房 56-61ページ
2026/11/01(日) 16:20:08.420
そういうのなら、デリダが挙げていた「パルマコン」もあってもいいかもね。語に対概念が貼り合わされている。
2026/11/01(日) 16:22:59.840
観点は少し違うけど、芥川龍之介が「芋粥」で扱っていたテーマも類似点がある。感覚は本来苦なので、快刺激も過剰に与えられると地獄絵図になるというのが「芋粥」のテーマ
13考える名無しさん
垢版 |
2026/11/01(日) 16:23:03.000
ここでは、《la vertu》は、「効力」といふ日本語に訳されてゐる。
試しに私は、当該の箇所をGoogle翻訳でフランス語からドイツ語に訳させてみた。
すると、その返しは、次のとほりであり、
>Es ist Zeit aufzuhören; die Kraft des Getränks scheint nachzulassen.
《la virtu》は、»die Kraft«と訳されてゐる。

無論、「効力」も»die Kraft«も誤訳であるとは言えない。しかし、私は、はっきりした理由で、これらは最適の訳語ではないと思ふ。
私に云はせるなら、より適切な訳語は、日本語であれば、「かひ(効)」であり、ドイツ語であれば、»die Wirkung«である。つまり、「力(ちから)」が余計なのだ。
14考える名無しさん
垢版 |
2026/11/01(日) 16:29:03.330
この場合の《la vertu》は、「力(ちから)」の働きではなく、『古今和歌集仮名序』で謂ふところの
>ちからをもいれずしてあめつちをうごかし、めに見えぬおにかみをもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきものゝふのこゝろをもなぐさむる
ような「かひ(効)」である。「効(かひ)」の漢字表記には、それでも「交・力」として「力」が示されてしまふが、「かひ」の声音づかひには、「ちから(力)」の働きは含まれてゐない。
2026/11/01(日) 16:30:07.620
抗生物質の過剰投与による耐性菌の発生とかよく知られているけど、何でも過ぎたるは及ばざるが如し、なのだよ。素人は、過剰に投与すれば効くと誤解しがち。同じようなスレ幾ら乱立しても全部NGされるだけ
16考える名無しさん
垢版 |
2026/11/01(日) 16:39:50.790
無能さをマネタイズして生きるのにもそれなりの才能は要る。
それは、自分自身の無能さをはっきりとさと(覚/悟)ることができるといふ才能である。
2026/11/01(日) 16:43:47.270
今日、美術館に行ってきたけど、良かったね。日本古来の古典と伝統の匠の技法を使って、新旧があでやかに混在した現代的なインスタレーションを構築する、という作家のものがメインだった。
2026/11/01(日) 16:46:39.650
現代アートは、村上隆含めて殆んどがゴミなので無視しているけど、今日のは、まともだった。やはり、古典美術をプロパーで師匠付きで学んでいる本格派の作家は違うなと
2026/11/01(日) 16:49:37.120
語学といえば、マルクス・ガブリエルが達者なのが有名だけど、あの人日本語や中国語学習にも手を出し始めている。中国語、広東語、これらが出来る人は、なかなかだね
2026/11/01(日) 16:55:39.610
個人的には中国語に惹かれるね。あの漢字だらけなのがいい。漢字の書体も色々楽しめる。漢字は絵だね、殆んど。Pictogramの表形文字。絵として意味が視覚的に伝わる
2026/11/01(日) 17:10:58.170
やはり、歴史があるというのが物事に深みを与える。哲学も数学も歴史ある学問だからよい。文学もそうなのかな。逆にいうと、歴史性のないものは、どこかペラくて、ちゃちい。日本共産党は歴史があるから、すぐに無くなる新党のようには、ちゃちくはない
2026/11/01(日) 17:13:42.310
つまり、歴史が浅いアメリカはちゃちく、中国には歴史あるがゆえの強みがありそう。まあ、香港民主活動家の若者を投獄する中国共産党には反対するけどねw
2026/11/01(日) 17:59:10.850
簡体字より、繁体字に惹かれるので、やっぱり広東語とかが良いのかな。
2026/11/01(日) 18:07:03.680
中国人から見ると、日本語の平仮名は随分、魅力的、可愛らしく映るらしいから、それの逆バージョンが、私の繁体字推しになるのかな、と。

平仮名が多いと、情緒過剰に感じられてしまうんだよね。情念があり過ぎて疲れる、心理的にいうと、憑かれる。だから、繁体字だけだと、見た目がもっと、すっきり、しゃきっとする感じが良い。中国人女性は気が強いから苦手、云々はよく聞くけど、言語的な特性が民族性に反映するのかな、と。

日本人は陰湿だったり、鬱陶しい者が少なくなさそうだけど、風土のみならず、平仮名の影響が考えられそうだ。
2026/11/01(日) 18:23:54.100
物価高がすごいことになってるから
そのうち今のフランスみたいな光景が日本でも観られるかもしれない
2026/11/01(日) 18:27:50.680
数学者のガロアもそうだけど、フランス知識人はみんな左翼だね。ガタリみたいな医者兼ねている人もそうだし、ドゥルーズもフーコーもサルトルもそうだし。フランスは左翼の国だね。知識人は、たいてい左翼だね。無能になるに従って右傾化する
2026/11/01(日) 18:33:47.310
ピケティ入れるの忘れてた
28考える名無しさん
垢版 |
2026/11/01(日) 19:09:49.340
>>14
現代の日本語として詠みやすい方が大切で、そんな細かいことはどうでもいい、というのがほとんど例外のない一般的な反応だろう。
出版業界の事情からすれば、出版物が商業的に売れなければ、出版そのものが成立しないので、そう考へる方が妥当でもある。
しかし、ものごとをよく考へるためには、そのような、一見するとどうでもいいような違ひにも気を配る必要がある。
さもなければ、プルーストの語る、感覚によって呼び覚まされる生き生きとした経験の記憶と、和歌において「をかし」と感じることが歌詠みの「かひ」/《la vertu》であることの対応関係にも気づくことがないだろう。
29考える名無しさん
垢版 |
2026/11/01(日) 19:22:46.210
プルーストの作品の場合、「日本語として読みやすく話の内容が分かればそれでいいのであって、こまかいことばづかひの違ひまで気にする必要はない」と考へるのであれば、そもそも、わざわざ時間をかけて読んでもたいして意味がないのではないかと私は思ふ。
例えば、語り手の子供が、母親とおやすみなさいの挨拶を交わすまで強情に就寝することについての記述を、単に「話しの筋書き」として読むことにどれだけ意味があるというのだろう。
30考える名無しさん
垢版 |
2026/11/01(日) 19:32:33.790
プルーストの"l'immobilité des choses"といふ表現が日本語訳ではどのように訳されてゐるのか気になったので、該当箇所の引用と岩波文庫および訳者名で検索してみると、Iは、「事物の静止」といふ句を含む訳文を訳者名とともに戻してきた。

私はすぐに、まさかそんな訳をしてゐるはずはないだろうと思ったので、さらに別の仕方で検索をつづけてみると、やはりAIが事実とは異なる不適切な訳文を返してきてゐたことが確認できた。しかし、訳文を単に「話の筋」を理解するために読むなら、「事物の静止」といふ訳語でも読めてしまふことになる。それが「不動産」を「静止産」と訳すような明らかな誤訳であるにもかかわらずにである。
31考える名無しさん
垢版 |
2026/11/01(日) 19:33:53.780
現代の日本語として詠みやすい ×
現代の日本語として読みやすい 〇
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