教授は当時日本でもっとも東大合格者を輩出していた最高峰の進学校、都立新宿高校卒で、
入学時点で当然に東大に楽勝で進学する能力を持っていたものの
高校生から早くも完璧に西洋音楽の技法を習得していた
あまりの音楽の才能に東京芸術大学進学に転向した経緯がある
(しかし当時の芸大の作曲科の難易度は東大理三を遥かにしのいでいたが楽勝で合格)