今年の春の仏検書き取り Je suis fière de ma fille de cinq ans. Mercredi dernier, elle m’a sauvé la vie. J’étais chez moi avec elle quand je me suis soudain sentie mal, et suis tombée inconsciente. Elle a tout de suite téléphoné aux secours, qui m’ont rapidement conduite à l’hôpital. Cela aurait pu être grave si j’avais été seule. J’ai bien fait d’apprendre à ma fille les numéros à appeler en cas de problème.
Je suis fière de ma fille de cinq ans. Mercredi dernier, elle m’a sauvé la vie. J’étais chez moi avec elle quand je me suis soudain sentie mal, et suis tombée inconsciente. Elle a tout de suite téléphoné aux secours, qui m’ont rapidement conduite à l’hôpital. Cela aurait pu être grave si j’avais été seule. J’ai bien fait d’apprendre à ma fille les numéros à appeler en cas de problème.
「農民カンタータ」の歌詞に Herr Ludwig und der Steur-Reviser Muß heute mit. という文があって、「ルートヴィヒ氏und収税官も今日はご一緒に」くらいの意味だと分かるのですが、 「ルートヴィヒ氏と収税官さん」なのでしょうか、「収税官のルートヴィヒ氏」なのでしょうか。 よろしくお願い致します。
NHK BSのドキュメンタリー番組「弾丸!空港トンボがえりツアー」は、2025年11月21日(金)に「モンゴル チンギス・ハーン空港」を紹介します。放送時間は20時から20時45分です。「弾丸!空港トンボがえりツアー」は、世界の「オモシロ空港」を“弾丸ロケ”で徹底取材。行きの便で目当ての空港に到着してから帰りの便に乗るまでの1泊2日、空港とその周辺だけを味わい尽くすという前代未聞の「空港トンボがえりエンタメ」番組です。今回放送する「チンギス・ハーン空港」は、モンゴルの首都 ウランバートルにあるモンゴルの英雄の名を冠した国際空港です。広大な草原に作られたターミナルからは、日本人には想像もつかない壮大な景色が広がります。番組では、空港職員や地元客から飛び出す日本語の謎のほか、牛乳を空にまく不思議な風習を紹介。さらに、空港のすぐ近くで暮らす遊牧民のゲルを訪問し、伝統文化が息づくモンゴル料理や乗馬なども登場します。【語り】佐々木蔵之介期日: 2025/11/21
47幸ちゃんの嫁の佳子 ◆5V9dS9MYZOAP (ワッチョイ 9e41-21ac)2022/02/01(火) 10:41:27.04ID:cAY+ypsY0 At nang aking buksan ang dungawan, ay humihip ang hangin ng putol, at ang aking puso ay puspos ng matamis na hininga.
Name: Michelle Bardelosa Capurihan Date of birth: July 24, 1991 Gender: female Nationality: Filipino Place of birth: Calamba Laguna Current address: Manila Criminal records: counterfeit residence card, theft, fraud, illegal overstay and illegal prostitution in Japan in 2019
NHKラジオテキスト、今年4月のフランス語とイタリア語の初回放送分を見比べたら ーーーーーーーーーーーー イタリア語 Pasta, gelato, spaghetti! ーーーーーーーーーーーー フランス語、自己紹介① Noa: Bonjour! Je m'appelle Noa. Et toi ? Louis: Moi, c'est Louis. Enchanté ! Nos: Tu viens d'où ? Louis: Je viens de Belgique. C'est ma première fois au Japon. Noa: Ah, bienvenue ! Tu es arrivé quand ? Louis: Il y a une semaine. Je reste trois semaines. Noa: Super! Comme j'habite ici, je peux te conseiller quelques endroits sympas. Louis: Oui, avec plaisir! ーーーーーーーーーーーー この落差www イタリア語講座、好きだわー
pogovarjati se は「話し合う、議論する」のような複数の人を主語として想定するのが通常の動詞なので、 temo, o kateri bi se rad pogovarjal は複数にして temo, o kateri bi se radi pogovarjali? とするか、 又は我々2人の間のみでの対話を想定するなら双数形を用いて temo, o kateri midva bi se rada pogovarjala? としないと意味が通じないぞ。
Žal trenutno nimam niti vprašanja niti možnosti, da bi ponudil zdaj novo temo.
pogovarjati se なる動詞の使い方について、この動詞は勿論 pogovarjam se のように単数人称形でも使われるので、必ずしも複数人称形でなくとも問題はない。 このあたり、誤解があるといけないので詳しく説明しておこう。
先ずこうした疑問がある場合は、スロベニアの原語辞典を見るに限る。 スロベニア文章語辞典(略称SSKJ)の当該項目には、 語義として izmenjavati mnenja, misli z govorjenjem:(話を通じて意見や考えを交換すること)と出ている。 交換するからには当然単独でできることではないから、主語には基本的には複数形(か双数形)が要求される。 続いて用例として pogovarjati se o glasbi; z njim se lahko odkrito pogovarja; šepetaje sta se pogovarjala「君達(又は彼等)2人はヒソヒソ話をしていた」 / pogovarjati se po telefonu; pogovarjati se v francoščini / večkrat se pogovarja sam s seboj; ptice v drevju se pogovarjajo が挙げられている。 2番目の用例 z njim se lahko odkrito pogovarja「彼とは胸襟を開いて話し合うことができる」では早速単数形で現れているが、 その代わり z njim「彼と」のように s kom が使われている。 つまり、主語を単数にするなら、「誰と話し合うのか」をはっきりさせるため、s +人が必須となる。 6番目の večkrat se pogovarja sam s seboj という用例は少し特殊である。 この文の主語は彼(女) 独りだけであり、話し合う相手もいない。 sam s seboj は「自分自身と」の意味であり、その人は自分自身とよく話し合っていることになる。 つまり、「彼はよく独りでぶつぶつ言っている」という意味である。 しかしここでも「誰と話し合うのか」を示す s kom が現れていて、結局この動詞は主語が単数人称であれば、s kom を伴うことは免れない。 最後の用例 ptice v drevju se pogovarjajo「鳥達が木の上で話し合っている→ピーチクパーチク鳴いている」は比喩的な表現の例である。
総じて言うと、この動詞は pogovarjati se s kom o čem のような形で使うのが普通と覚えておくと良い。
スロベニア人男性の友人と2人で喫茶店に入り、そのスロベニア人に 'Kaj boš?'「何にする?」と訊かれて私が答える 'Rad bi eno kavo.'「コーヒーにします」は、 主語を示す要素がどこにも無いが、それは明らかに「私」である。 文法的には「君は一杯のコーヒーを欲しいんではないかなぁ」という解釈もあり得るが、それでは文脈にそぐわない。 先の一文からはっきりと分かるのは、rad「喜んで」という形容詞が男性単数形であることから、主語は男性1人ということだけである。 ところが、その場にいるスロベニア人も私も男性なので、どちらとも考えられる。 この際主語が誰かを決定するのは文脈だけである。
ところが、これをブルガリア語で 'Бих искал едно кафе' と言えば、その文の主語は「私」以外あり得ない。 その後に私が続けて言う 'Ти също би искал едно кафе?' 「君もコーヒーにするかい?」では、би искал と2人称形であり、先の бих искал とは形態上も異なっている。 つまり、ブルガリア語動詞の条件法では бих искал, би искала, бихме искали, бихте искали などのように、бих の人称変化語尾と本動詞のL分詞語尾で性数が表示されるので、主語についてかなりの情報が与えられるのに対し、 スロベニア語では少なくとも動詞形からでは殆ど何も判らないということである。 (上のスロベニア語文は動詞 imeti のL分詞を省略している)
従って、>>57 の ali imaš kakšno temo, o kateri bi se rad pogovarjal? では、誰が誰と話し合いたいと思うような話題なのか、 吾人がスロベニア語で独り語りする話題なのか、ここで何か我々が意見交換できそうな話題のことを言っているのか、 よく判らないということである。 まぁ、雰囲気から後者だろうとある程度推測は付くが、それなら rad は複数形 radi、pogovarjal も同様に pogovarjali にしないといけない。 つまり、主語に mi を想定するなら、形容詞やL分詞もそれに合わせろよということである。 スロベニア語で2人の世界に浸って話し合う話題の意味なら、bi se rada pogovarjala と双数形にするが、この場合は主語 midva を表示した方が良いのではないかと個人的には思ふ。
スロベニア語の o kateri bi se rad pogovarjal という語順って、実はスロベニア語の中級者クラスじゃないと直ぐには正しく書けない、結構微妙で難しい問題なんじゃが、 それが出来てるのに先のような、下手すると初級者でも間違わないような当たり前のことが出来ていないなんて、不自然さの塊でしかない。
森山幹弘・降幡正志『スンダ語文法』(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所、2003年) 森山幹弘・降幡正志『スンダ語語彙集』(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所、2003年) Practical Grammar Basa Sunda: Practical lessons of Sundanese language
Sous le pont Mirabeau coule la Seine ミラボー橋の下をセーヌ川が流れる。 Et nos amours そして私たちの恋も。 Faut-il qu’il m’en souvienne 私はそれを思い出さなければならないのだろうか。 La joie venait toujours après la peine 喜びはいつも苦しみのあとに来た。 Vienne la nuit sonne l’heure 夜よ来たれ、時よ鳴れ。 Les jours s’en vont je demeure 日々は去っていき、私は残る。 Les mains dans les mains restons face à face 手を取り合って、向かい合ったままでいよう。 Tandis que sous そのあいだに、下では。 Le pont de nos bras passe 私たちの腕の橋の下を通っていく。 Des éternels regards l’onde si lasse 永遠のまなざしの、ひどく疲れた波が。 Vienne la nuit sonne l’heure 夜よ来たれ、時よ鳴れ。 Les jours s’en vont je demeure 日々は去っていき、私は残る。 L’amour s’en va comme cette eau courante 愛はこの流れる水のように去っていく。 L’amour s’en va 愛は去っていく。 Comme la vie est lente なんと人生は遅いのだろう。 Et comme l’Espérance est violente そしてなんと希望は激しいのだろう。 Vienne la nuit sonne l’heure 夜よ来たれ、時よ鳴れ。 Les jours s’en vont je demeure 日々は去っていき、私は残る。 Passent les jours et passent les semaines 日々は過ぎ、週も過ぎる。 Ni temps passé 過ぎ去った時も、 Ni les amours reviennent 恋も戻ってはこない。 Sous le pont Mirabeau coule la Seine ミラボー橋の下をセーヌ川が流れる。 Vienne la nuit sonne l’heure 夜よ来たれ、時よ鳴れ。 Les jours s’en vont je demeure 日々は去っていき、私は残る。