en.wikipedia.org/wiki/Walking_the_Blues "It Must Have Been the Devil" − 3:50 "Otis' Blues" − 4:16 "Going Down Slow" − 3:57 "Half Ain't Been Told" (Otis Spann, James Oden) − 4:38 "Monkey Face Woman" (Oden) − 4:55 "This Is the Blues" − 3:06 "Evil Ways" (Oden) − 3:50 "Come Day, Go Day" (Oden) − 4:10 "Walking the Blues" − 4:55 "Bad Condition" (Oden) − 4:21 "My Home Is on the Delta" (McKinley Morganfield) − 3:12
365 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 2026/10/13(火) 11:37:42.94
Dionのtop 10入り曲の全て
Dion and the Belmonts
"A Teenager in Love"(1959#5) "Where or When"(1960#3)
Dion
"Runaround Sue"(1961#1) "The Wanderer(1961#2) "Lovers Who Wander"(1962#3) "Little Diane"(1962#8) "Ruby Baby"(1963#2) "Donna the Prima Donna"(1963#6) "Drip Drop(1963#6)
以後の64〜67年まではtop 10入りはなし、チャートインも1曲のみ
"Abraham, Martin and John"(1968#4) 68年に久しぶりにTop 10入りするもこれが最後、以降はヒットは出ずのまま 活動を続け、80代の高齢になった2026年現在も現役。
366 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 2026/10/18(日) 11:40:56.50
>>357 "Mr. Bass Man"を大ヒットさせたJohnny Cymbalはその後もシングルを 出すが泣かず飛ばずの状態となり、結果は一発屋で終わった。 68年にBANGでDerek名義で"Cinnamon"を全米11位の大ヒットを出す。 翌年に"Back Door Man"が59位に入っただけでJ.Cymbalの曲としては これが最後のチャートインとなった。その後もMilk, American Machine, Taurus, Brother Johnなどの変名のシングルやPeggy Clingerとの デュエットアルバムなど出すが、これ等のレコードが売れることはなかった。 作曲活動を地道にやり続けたj.Cymbalだが1993年48歳で帰らぬ人となった。
Derek名義の"Cinnamon"は当時、日本でも東芝音工から発売された。
367 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 2026/10/22(木) 19:29:16.09
Bob CreweプロデュースでデビューしたDiane Renayは64年全米6位の "Navy Blue"以外でのヒットは29位の"Kiss Me Sailor"だけ。 結果はtop 10入りの一発屋で終わる。数枚のシングルを69年まで 出すが全て不発に終わる。
Chubby Checkerが全米1位にした2曲は実はカヴァー曲。 "The Twist"はHank Ballard and the Midnightersがオリジナルで Hank Ballardが書いたナンバー、59年全米28位にもなった。 "Pony Time"はDon Covayがオリジナルで彼の自作曲。61年全米60位。 両曲共、このオリジナルのほうは日本でシングル発売されることはなかった。
371 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 2026/10/23(金) 07:41:24.12
Chubby Checker Bobby Rydell Dee Dee Sharp The Dovells The Orlons The Tymes Question Mark & the Mysterians
The Kingston Trio, PP&M, The Highwaymen, The Rooftop Singers これらのフォーク系グループは1位曲があるが、The Brothers Fourは 1位曲が1曲もない。彼等の最大ヒットは60年2位の"Greenfields"。 他の数曲のチャートインはtop 20には入らなかった。 日本では海外のフォーク系グループで有名な彼等もアメリカでは一発屋。
The Brothers FourはThe Venturesと同じように、 来日が多かったアーティストで グループはメンバーチェンジしながら現在も存続中。 (The Kingston Tro, PP&Mも来日経験有り)
106 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 2026/10/20(火) 22:55:48.82
The Cascadesのベタ曲"Rhythm of the Rain"は63年全米3位。 この曲で知名度がある彼等もアメリカでは一発屋。他では "The Last Leaf", "Shy Girl", "For Your Sweet Love"が チャートインするも低ヒットで終わる。 以降も数枚のシングルを出すもヒットはせず、音楽スタイルも徐々に変わっていく。 69年に"Maybe the Rain Will Fall"が61位に入ったがこの頃はOLDIESではなく カントリーロック調だった。彼等の最後のヒット曲でもある。
68年にThe Cascadesは初来日しているが米軍のキャンプやナイトクラブでの 公演だった。グループの要だったJohn Gummoeはこの時には脱退。 だが、2017年に8月にJ.Gummoeはグループ名を使っての来日、2日のLIVEを披露、 彼からすれば"Rhythm of the Rain"のヒットから54年後の初来日となる。
アメリカでは代表曲のみしか知られていないThe Cascedesは "The Last Leaf", "There's a Reason", "Let Me Be" "Shy Girl", "A Little Like Lovin'", "For Your Sweet Love"などは 日本ではOLDIES好きに好まれている。
107 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 2026/10/21(水) 07:13:00.31
Tommy Roeの"Sheila"が全米1位になった当時、日本でもシングルが発売されたが ヒットはせず無名のまま状態。日本で彼の名前が知られるようになったのは "Sweet Pea"あたりだろう、もう1つの全米1位曲"Dizzy", "Heather Honey", "Jam Up and Jelly Tight"などは日本でもヒットしていたはず。 リアル世代だと彼は60年代後期のポップシンガーのイメージ。
"Let's Twist Again"(1961#8) "The Fly"(1961#7) "Slow Twistin'" (With Dee Dee Sharp)(1962#3) "Limbo Rock"(1962#2) "Popeye the Hitchhiker"(1962#10)
60年代前半のツイストブームで数多くのヒットを放ったが、 top 10入りだとこれだけ。 65年以降はツイストブームも時代遅れとなりヒットも出なくなる。
109 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 2026/10/23(金) 19:33:01.84
The Hondellsは"Little Honda"で64年全米9位を獲得したもの、 他は数曲チャートインするも全て50位以下に終わる。 (The B.BoysのほうはEPリリース 全米65位) サーフィン&ホットロッド界では数多くのグループもいたが、 名前だけのでっち上げグループも数多くあった。 全国的ヒットを得たのはほんのごく僅かで1,2曲のヒットで消えた。
The Hondellsでリードヴォーカルを担当したChuck Girardは セッションヴォーカリストで正式なメンバーではなかった。 元々はDoo-WopグループThe Castellsのメンバーで このグループは61年に"Sacred"(20位), 62年に"So This Is Love"(21位)を ヒットさせている。
男女の2人組のデュオによる1位曲。同じ年にはNino & Aprilが"Deep Purple"で 1位を獲得している。これがオリジナルと思われがちだが、実際は黒人2人組の デュオDon and Deweyのカヴァー。デュオは翌年に"Stop and Think It Over"を 8位の大ヒットに成功するも"The Loneliest Night"は最高位が65位と下落、 これが彼等の最後のチャートインとなった。不発のシングルを出した後解散した。 世間ではThe BeatlesやB.Dylan等が活躍の時代、彼等の音楽は聴衆からは つまらくなったのだ。
112 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 2026/10/26(月) 11:14:12.47
Dale & Graceのシングルは日本でも数枚が発売された。 代表曲のジャケットは本人達ではなくこの当時お約束の別人物の写真。 (本人達の写真が入手できなかった時はイラストや無関係の写真が常) "Stop and Think It Over"は本人達写真ジャケ、"I'm Not Free" ("The Loneliest Night"のB面だが日本ではA面)も写真は本人達だった。 1位曲は日本でもヒットはしていたらしいのでリアルでも知っている人はいるだろう。
少し後のアナログ世代のOLDIES好きは70年代に日本編集のLP "Oldies But Goodies American Hits 3"に収録されていたので それで知ったのではないかな?
カナダのバンドFive Man Electrical Bandのメンバーでドラマーだった Rick Belangerが死去。 63年に結成、当初はThe Staccatosの名で65年にデビュー、カナダで幾つかの ヒットを放った後の69年にFive Man Electrical Bandに改名、 アメリカでも"Signs"が3位が大ヒットした。一発屋で終わったが、 本国のカナダでは数曲のヒットを放った。75年に解散、その後再結成され存続。
Nowhere To Run 2:58 Come See About Me 2:39 You're A Wonderful One 3:11 How Sweet It Is (To Be Loved By You) 2:50 My Girl 2:44 All For You 2:55 Too Many Fish In The Sea 2:17 Try It Baby 2:47 The Way You Do The Things You Do 2:39 Can I Get A Witness 2:41 Can You Jerk Like Me 2:32 Money (That's What I Want) 2:15
184 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 2026/10/18(日) 12:12:47.74
オーストラリア出身のバンドThe Easybeats, 代表曲"Friday on My Mind"は66,7年に地元オーストラリアでは断トツの1位、 イギリスでは6位、アメリカでは16位の大ヒットとなった。 バンドは地元では数多くのヒットを放ったが、イギリスでは2,3曲程度、 アメリカでは一発屋で終わった。
日本でもこの曲はシングルが発売されたがヒットはせず、 The Shadowsによるカヴァーがインストマニアに知られる程度。 The Easybeatsは"オーストラリアのThe Beatles"の別名が付くほどの 人気バンドで65〜9年間に地元で数多くのヒットを出した。 メンバーのHarry VandaとGeorge Youngは作曲家でもあり、この代表曲も 彼等の作曲で、他にも数多くのオリジナルを書いている。