>>79
これは非常に興味深い問題提起だね。
自筆譜を確認すると、提示部再現部共ちゃんと印刷譜どおりになっている。
もちろんトロンボーンとバステューバも印刷譜通り。

<オケ全体としてフレーズが途切れないようにしたかった?>
という考え方も成立するとは思う。しかし、それは常識的、一般的解釈だ。
ブルックナーは常識的ではないのだ!!
御指摘のように
<「弦楽器はスラーなし、管楽器はスラーあり」みたいな処理は珍しくない>
ブルックナーは弦と管に対しては全く違う対処をしている。
混ざり合うことを拒否しているんだろうね。
『弦は人間的に』『管はオルガンのように大自然的に』
管に息使いなどあってはブルックナーにはならないのだということ。
このアダージョには、たとえ小節頭に現れようとアウフタクト的な
フレーズがいっぱい出て来る。管はスラーでつなぐが、弦は弓を返す。
そのことを象徴するのが、冒頭のオーボエソロとA直前のヴァイオリン
の違いだろう。

御指摘の箇所は、ブルックナーにしては珍しい管に対するフレーズ処理
だと思う。それはホルンの音形などに起因しているのではないだろうか。
とにかく、フレーズが途切れないようにするためではなく、管と弦は
混ざり合わないことを、ブルックナー指揮者は深く認識すべきである。