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<「langsam semp(re)」は一時的なものではなく、実は「これ以降はlangsamが基本テンポ」>
実は、これが《第六交響曲》のテンポの問題の『本丸』というわけだ。
そのために、これまで他のいろんな指示を検討してきたということだ。
《第七交響曲》の『本丸』が、フィナーレ、コーダの「a Tempo」ではなく、
もともとはホルンに書かれた「feierlich」であったように・・・・

ただ、《第七交響曲》の場合のようには簡単にはいかない。
「langsamer」はよく目にするが、「langsam」はめったに見かけない。
常識的には、「langsam」なのだから、ここからはアダージョだと考える
のだろうが、不可解さは相当。まあ簡単ではない。
ブルックナーの特殊語法だというのが現在の一般的解釈だと思う。
で、何を意味するのかさっぱり分からない。
決定的なのは、《第八交響曲》フィナーレの622小節(VIII/2)
に書かれた「langsam」。これは1小節後に「Tempo Tmo」と
指示されるているように、全く不可解なのだ。

それを、覆すような証拠(あるいは状況証拠)が存在するのか?

とりあえずは、自筆譜の奇妙さだけを記しておこう。
「langsam semp」は自筆譜のあちこちに計6か所記載されている。
それは直後の6か所の「accelerando semp」に対応したものである。
ただ、「langsam」の文字だけが[W]のすぐ下に、7つ目として書かれている。
「semp」を書き忘れただけなのか、何か意図があるのか???
さらに、他のいくつかは、「langsam」と「semp」がスムーズに繋がっておらず、
「semp」をあとから書き足したような感じ。