フルトヴェングラーはドイツ・オーストリア圏だけでほぼ活動してきた指揮者だよね。
やはりその地域で生まれた作曲家であるベートーヴェンやブラームスやワーグナーの音楽の背景にあるものが理解できているのだろうな。
ゆえに譜面に書かれていなくても、地域の伝統的な解釈上あり得る事は演奏の中で再現できる。
ゆえに奏でられる音楽には、譜面通りだとありえない解釈がそこここにあり、それが音楽を豊かにする。
他の指揮者、とくにカラヤン以降の指揮者にはその解釈は無理だから、今もフルトヴェングラーの音楽は存在し続けるのだろうな。
カラヤン以降クラシック音楽は断絶してしまって、そぎ落としてしまったものが多いという事だろうね。