例えば、モツレクの演奏会をひらくとすれば、
チラシや広告に何も告知されていなければ
聴衆はジェスマイヤー版であるという前提で演奏会場に足を運ぶ。
それがスタンダードだからな。
従って、ジェスマイヤー版以外の異版を使う場合には、
あらかじめ客にそれを告知することがエチケットだ。

この手の話では、ブルックナーファンの連中はもっと過激だぞ。
なんの告知もなく改訂版を使ったりするとえらいことになる。
このように聴衆が念頭においている版とは違う版を
使っただけでも一騒動になる場合もあるんだ。

ましてや、楽譜を原型をとどめないほど勝手に改変して演奏すれば
それはもはや作曲者の作品といえるのかね。
はじめから「大野が好き勝手に改変したポンコツです」と
告知してチケットを売っていればまだしもだがな。

笑いごとでは済まされないぞ。
先日、サントリーの響30年の空瓶に安物のウイスキーを詰めて
売っていた詐欺師が逮捕されたが、まかり間違うと
これと変わらねえからな。
この場合、どうせ消費者には響39年と安物ウイスキーとの
味の違いが判らない、といって済まされる話ではない。
従って、公演においても、どうせ観客には楽譜と演奏との違いが
判らない、で済まされる話ではない。

そもそも、おれだってこんなことは考えたくはないんだよ。
だから、その後の公演を聴いた人達にどうだったかを聞いて
おれの聴き間違いだった、と言ってほしい気持ちがあるわけだな。