>>483

一般に、ジークフリート第1幕のウォータン&ミーメの問答とワルキューレ第2幕のウォータンの語りは
冗長だと不評だが、ショルティによるリングの完全録音までは必要性が高かったのだよ。
なぜなら、それまではリングの全曲を耳にする機会は生公演に限られ、示導動機に馴染むまで聴きこめる
人の数は限られていたからだ。

初めてリングを聞く観客でも、ウォータンとミーメの問答を聞いていれば、ニーベルング、巨人、ワルハラ
などの動機が何を示すのか知るだろうし、そうすれば第2幕の前奏で巨人の動機が出てくれば、この幕
にはファーフナーが出てくることがわかる。

もっとも、示導動機に変にこだわった聞き方をするのはどうかという見解もある。しかし、ワーグナー本人は
そういう聴き方を観客に望んでいたようだから、これらの回顧場面を含めたのだろう。

似たような話だが、昭和時代の連続テレビドラマやアニメでも、途中に過去を回顧する回が含まれていた。
若いモンには想像もつかないだろうが、当時のそれらは1年やあるいは数年続く物がかなりあって、おまけに
1980年代より前にはビデオ録画機器も普及していなかったから、それまでのあらすじを振り返る回は意味が
あったし、過去の見せ場を再び視たいという需要も視聴者の間にあった。放送局の側にも、製作費を節約し
製作時間に余裕を持てるというメリットがあった。