クラシックに親しんだ人なら、例えばある人はハイフェッツやアイザック・スターン、五嶋みどりのガルネリがもたらす慈しみに満ちた音色を語り、またある人はミルスタインやオイストラフ、パールマンのストラディバリウスが放つ輝かしい音色を称賛するだろう。

クラシック好きの本質は、根本的に「音色」という素材そのものへの興味にあるのではないかと思う。その音色への探究心こそが、クラシック音楽を聴くモチベーションの源泉になっているのだろう。

しかし、一般大衆の多くにとってストラディバリウスは「ただバカ高いだけのバイオリン」というイメージしかないし、ガルネリを知っている人は少数派だろう。それらに触れる機会など、まずないに違いない。

加えて、今も作られているヴァイオリンの価格が高いことも一因だ。良質な音が出る楽器を手に入れるには、少なくとも400万円はかかるため、一般大衆はここで興味を失ってしまう。

一般大衆が楽器に無関心なわけではない。エレキギターは今も人気を博している。これは、10万円程度でそこそこの音色の個体が手に入るからだろう。

一方、ヴァイオリンはどうか。「10万円のヴァイオリンなんてゴミ」という常識が未だに蔓延している。この段階で、一般大衆は触れることすら諦めてしまう。10万円は決して安い額ではない。

しかも、ヴァイオリンを手に入れた後も出費は続く。ヴァイオリン教室に通う、防音室を設置する、弦楽器工房で定期メンテナンスを受ける、弦の交換代――これらすべてが高い。

昔はこれでも市場が成り立っていたのは、日本に金持ちが多かったからだ。しかし、今の日本はどんどん貧しくなり、富裕層が減っている。

ヤマハが次期主要市場としてベトナムを選んでいるのも、そうした事情を反映しているのだろう。

結局、日本が貧乏化し、お金持ちが減った結果、富裕層向けのクラシック市場が縮小したに過ぎない。

それでも日本でのクラシック需要を諦めたくないなら、例えば「5万円だけどストラディバリウス級の音色が出る」というような楽器を開発したり、「1年でうん十万円払えば楽器メンテ、ヴァイオリン教室、弦代が無料」といったサービスを充実させるしかない。いわゆる「大衆向け」の取り組みを根本的に強化しない限り、何も変わらないだろう。