1943年から1946年あたりまではクルーソンのオープンバックが高比率になってなかったっけ?

ネックの補強に角パイプの配給受けられなくてエボニーの角棒を入れてた時期。

クルーソンは金属の使用量が少ない設計だったから素材の統制を受けた時期にシェアを伸ばしたと言われてるけど、金属の供給が制限される直前に素材をうまく確保できたから戦時中も供給を続けられたんじゃないかと踏んでる。