薬袋善郎
@Ger81opi46
「語学ってどれだけ執着できるかだと思う」←これはまったくその通りだと思います。いわゆる「英語の達人」と呼ばれる人たちはみな英語に常人離れした執着をした人ばかりです。

「黄リーが読者を惹きつけてやまないのは先生もそうだったのでは?」←そうではないです。私は英語に執着したことはありませんし、今でもそうです。ですから、私は「英語の達人」ではありません。

『黄リー教』に惹きつけられる読者は「英語がわからなくて困っている人」がメインだと思います。こういう人は英語がわからなくて困っているのですから、当然「英語に執着している人」ではないし、「執着したい人」でもないです。

「英語に執着している人」、執着というと語感が悪いですから「英語そのものが大好きで、英語そのものを追究することに熱心な人」は、「英語の達人」に憧れて、そういう人が書いた本に惹きつけられるのです。たぶん「英語そのものが大好きで、英語そのものを追究することに熱心な人」が『黄リー教』に惹きつけられる例はないとは言いませんが、比較的少ないと思います。

ただ、「英語がわからなくて困っている人」が『黄リー教』を読んで英語に開眼し、今度は英語に執着するようになって(英語がわかるようになって、面白くなったからです)、「英語の達人」に憧れて、そういう人が書いた本に惹きつけられる。こういうことは普通にあると思います。