【再掲】

國崎晋 RITTOR BASEディレクター
若い頃、渋谷陽一さんのラジオ番組を聴いていろいろな音楽に目覚めました。雑誌編集の仕事をするようになってからは、氏の会社の発行物は絶えず意識していました。面識はありませんでしたが、多大な恩を受けたと思っています。ご冥福をお祈りします。
午後6:24 · 2025年7月22日

第162回 株式会社リットーミュージック 取締役 國崎晋氏

ーー 大学のときは演じることだけじゃなくて、脚本を書いたり演出したりしていたんですか?

國崎:脚本も書きましたし、演出もしましたし、俳優もやったし、それこそ音楽を作ったり…なんでもやりました。 そのときの仲間は優秀な人が多くて、プロの演出家になった人もいますし、プロの照明家になった人もいます。照明をやっていたヤツは、音楽関係の照明会社に 行って、今はフジロックで照明をやったりしています。コンサートに行ってちょっと変わった照明を見たら、案の定、彼の仕事だったり。そういう人間と大学で 知り合えたのは面白かったですね。

ちなみに『ロッキングオン』の山崎洋一郎さんも上智なんです。学年も一緒ですね。『ロッキングオン』の編集長と『サンレコ』の編集長が、早稲田じゃなくて上智だったってなんか不思議だなと思いましたね。

ーー 山崎さんとは学生時代に面識はあったんですか?

國崎:山崎さんも学生のとき演劇をやっていたんですが面識はなかったです。ただ共通の知り合いがいたので存在は知っていましたし、『ロッキングオン』に入ったという話も聞いていました。とにかく上智の演劇からは色々な人が出ていますね。

ーー これは私の個人的な印象なんですが、演劇の人って難しい話するのが好きじゃないですか?

國崎:あ、しますね。自分なんか哲学科でさらに演劇やっていましたから、そういうのは大好きでした(笑)。まあ、当時はニューアカの時代ですから、みんな哲学書を読んで…と言ったら言い過ぎかもしれませんが、そういう雰囲気でした。