ヘーゲル『精神現象学』(1807年)の「意識」の章の終わりあたりより、翻訳の比較です。
以下、同じ箇所を引用してみました。
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「知覚を越えて高まったとき、意識は現象という媒語を通じて超感覚的なものと推理的に連結し
たものとして現われてきて、現象という媒語を通じて[超感覚的なものという] この背景(後ろの
根拠)を観じている。」
金子武蔵訳、岩波書店『精神の現象学』上166頁

「知覚を超えて高まったとき、意識は、現象という媒語[中間]によって、超感覚的なものと推理
的に結ばれて、現われる。この媒語を通じて意識はその背景を見るのである。」
樫山欽四郎訳、平凡社上203頁(河出書房新社、世界の大思想版もほぼ同じ)

「知覚を超えた境地にある意識は、現実界を媒介とし、現実界の背後を透視するというかたち
で超感覚的世界とつながっている。」
長谷川宏訳、作品社117頁

「意識[自身はというと、それ]は知覚よりは高まっているから、現象という中項を介して超感覚
的なもの[内なるもの]と連結するのであり、意識はその中項を介してこの[超感覚的なものと
いう]背景を覗き見るのである。」
牧野紀之訳、未知谷311頁