ヘーゲルの知覚の一元論、精神の自己展開以外に外界を必要としない
目の前にリンゴがある。これは知覚イメージだ。部屋もその外に広がる風景も知覚イメージだ。
知覚の一元論ならば外界の懐疑に悩まされない。
二元論のもとでは正しい知覚とは、実在と適切に対応する知覚のことでいわゆる対応説的な考え方だが、
私たちの体験できるのは知覚だけのはずでその知覚の中には実在は入ってこないから
知覚が実在と対応しているか原理的に検証できない

知覚一元論では知覚と比較されるのは知覚だけで一メートル先にいるのか百メートル先にいるのかは知覚内部で知覚どうしが互いに位置付けあうだけ
間違う時も縄と蛇を見間違う時、ある視点では周りとの関係で蛇に見えたが、
周りとのより整合性の取れる見方になったらそれが縄であることがわかったと
実在を照合する必要はない
知覚内部の整合性の進展で説明がつく