唯物論だと視点によって同じ物でも違って捉えられる点に困難がある

知覚と物の二元論では物が知覚にどう反映しているかアポリアになる
物を想定しないでもいいのではないか

でもこれらはヘーゲルの議論の半面に過ぎない

全ては実体はなく関係の集まりに過ぎない、関係の項に過ぎない
そういう知覚は同時に社会的な間主観、共同主観的なものだ
社会的な協同性、必要性抜き、承認とそれによる示差的なものにすぎない