現象するあらゆる存在に自己同一性があるとするなら、習慣を獲得することは
いかにして可能かという問いが生じるわけです。なぜなら、習慣を獲得する前も
獲得した後も自己は自己として存在しているわけでしょう。でなければ、それを
習慣の獲得と見なすことができない。