出目の平均値という考え方になじめない。
1〜6はそれぞれの場合に割り振った数字であり場合を区別するものだ。
それの平均が3.5だからといって、3.5という目が出ることはありえない。

確率というものにもいろいろな考え方があり、ひとつではない。
哲学の徒には、確率というものに新しい考え方をあみだしてほしい、と思う。

確率には、少なくとも二種類の観測者がいる。
事前の観測者と事後の観測者である。
観測者がどの立場にいるか、どのような事前情報・事後情報が得られるかによって「確率」の意味が変わる。
事前とか事後という概念すらもあやしい。

フェルミ=ディラック統計に従うか、ボース=アインシュタイン統計に従うかでも異なる。
それ以外の統計に従うとなると。。。どーなるんだ。
この2つの統計が実は同じものへの見方の違いだけであったとしたら。。。などとも考えてしまう。
認識論というより観測論かな。関係というもののありかた。
これをネットワークの違いとしてAIに認識させられないかと。。。