ここで注目すべきなのが、我/人、人/我、人/主、主/人がすべて
行為として解釈されるのに対して、モノ/人=我/主におけるモノ/人も、
我/主も行為として解釈されるのではなく、異なるステータスの対比として
現れることである。言い換えるなら、(我^2)/人≒モノ/人=我/主
という関係式は、関係性の物象化、モノ化を表現している。我と主は、
モノと人を尺度で測ることができないように、共通の尺度(common measure)
を有さない対比として提示されるのである。だからこそ、我と主は互いに
相手として呼びかけ合う関係にはなく、互いに参照するとすれば、
三人称を介して行われるのである。言語学者のバンヴェニストが三人称
を非人称であると考えた理由も、そのような三人称の用法によるもので
あると考えらることができる。

ところで、その一方、物象化されたステータスが対比される関係を維持
しようとするなら、つまり、身分制社会を維持しようとするなら、当然、
そのような物象化の作用をもたらす行為が絶えず反復されなければならない。
行為によって物象化をもたらすことと、もたらされた物象化が行為に
よって生じたことの否定、その矛盾を保ち続けることこそが、身分制社会
を維持するための中心的な課題となる。