形式に外側が無く、内側から形式をとらえると不完全性定理(完全性定理もあるよ)におちいってしまうなら、
その外側に立つ(あるいは別スタンス)ことも必要であり、それが形式的でないなら非形式かというと、「非」では強すぎた。
形式的なものを「抱合」するより大きなものか。
そう考えれば、文系(哲学)の「核」は「人」でしょうかねぇ。
モノ(物)とモノ(者)の違いなのか。この2者の「関係」の違いか?
どちらも「モノ」なのだから「モノ」によって理系哲学と文系哲学は融合する?