セカイとはそのような物語である。などと書いていたことに気づく。

語られているのである。セカイは語られている。物語である。
誰が語っているのか、というのは最初の問題でもあった。
語っているのは「空」というoperatorである。
時間を語るには記憶/記録/痕跡のようなものが必要である。
「今ここ」などといっても「点」ではなく「ひも」状のものであるw
そこには量子時間がある。
「時間とは何か」と問われている「時間」とは異なるが、「量子時間」は実在する。
「実在」の再定義は必要かもしれないがね。