本質論の系譜で行くと、
キリスト教は正統と異端の闘争だった。
異端にされると虐殺されるために、
いかに自分たちが正統であるか主張する必要がある
そしてカトリックの三位一体論では、キリストは神であり人であるとされて、
それを繋ぐものとして、プラトンからのギリシア時代の正統論が活用された。