探検


クルト・ゲーデルはこの板で語ろうか

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2018/11/17(土) 17:06:49.780
不完全性定理は数学者だけのものではなく、物理学者、政治学者、小説家、そして哲学者にも語られている
数学の哲学とも言われる分野ではゲーデルの不完全性定理は外せないだろう
語ろう
2019/01/31(木) 08:10:54.060
理解された自然は天動説

それが自然自体ではないことを理解した者が天動説という過ちから免れる
2019/01/31(木) 08:11:04.860
>人間とは何か

踏み越えて渡るための橋?
2019/01/31(木) 09:03:15.090
>>154
?わかるような、わからないような
2019/01/31(木) 09:13:08.890
自然科学は自然を理解することだが
そのまま理解できる訳ではない
 
そして自然以外は対象外
自然科学だから

ただし自然を理解する論理は理解しなければならない

論理を媒介して理解するから、論理とはという理解は当然なさなければならない
2019/01/31(木) 09:16:55.860
論理の産婆は自然だろう
対象を理解する
大地は静止してみえる
天体は運動して見える
ただし、同一として理解する
自然は変化していく
2019/01/31(木) 09:19:00.800
差異を同一と理解する
自然は運動変化の過程として在る

これらも理解とは何かを知るヒントになる
2019/01/31(木) 09:23:05.200
そう見える=自然ではない
このことを天動説から学ぶ

そして同一として理解する論理の性格を理解する

同一は自然に実在しない
2019/01/31(木) 09:25:39.520
差異を同一、運動を静止
無限を有限で

対象を否定で
2019/01/31(木) 09:27:56.060
現代科学は天動説を免れていない
162考える名無しさん
垢版 |
2019/01/31(木) 09:39:02.540
>>145
知ってるw
2019/01/31(木) 12:50:33.060
過程さん この動画是非
【第3回AI美芸研】「「意味」のわからないAIのために」斎藤環(精神科医) 03/04 #AI美芸研
https://www.youtube.com/watch?v=72EI7IM14Wo
164学術
垢版 |
2019/01/31(木) 12:52:54.120
天動説でも地動説でも他者を客観内在化して、地球科学とか進めるべき。
それが天体法則の中、共存的である方が認識意識が言いわけで。
165学術
垢版 |
2019/01/31(木) 12:53:21.210
いいわけ
2019/01/31(木) 19:20:00.820
>>163
明日の法事の準備で忙しいので。
明日の夕方ゆっくり見させて頂きます

悪しからず
167学術
垢版 |
2019/01/31(木) 19:23:23.640
冠婚葬祭で豪華にに食うてこうかな。将来。贈答経済とかも。
2019/02/01(金) 02:29:59.750
>>140
ああ、そうか、今わかった  

前提設定するけど、その正当性は展開することによってしか問えない

自然はとにかく対象として現前している
「存在」という規定は正当だが、それは対象の否定としてということ

頭が限界だな
疲れているからこれまで

同時性はやはり認識、理解された自然でしょう
同時かつ同時ではない、なんてのは直接の自然ではないのでは?
光が理解の媒介であること・・
久しぶりに相対性理論考えています


今考えているのは双子のパラドックス
2019/02/01(金) 02:32:20.890
理解の在り方に規定された自然認識

やはりもう頭が
寝ます
2019/02/01(金) 02:38:47.610
>>140

> 対象である自然が無矛盾なのは、対象を対象としている己の知性を自然を、超越した対象に棚上げしているから。
>
> 主張が認知の限界を裏付けているということ。



そうでしょうね
2019/02/01(金) 02:44:47.500
理解された自然
即自の自然 

自然という規定・・

ゼノンの無限に対する理解
2019/02/01(金) 06:10:12.740
>>152
赤ん坊→家族→地域→社会→世界→歴史
地球→太陽系→宇宙→過程としての宇宙

認識→認識自体の相対性の認識

何か足りない気がします
2019/02/01(金) 07:59:31.720
光速度一定の原理は相対的に自然を理解していることを明らかにした

自然は絶対だが理解が相対なのでは?
理解を媒介にした自然は自然そのものではない
2019/02/01(金) 08:11:39.930
光速度一定の原理はある意味最終理論の礎であり、また出発点

分類をしたら対象は差異であり一であるという理解になった
光速度の原理は自然を理解していくと、差異としてあり、否定関係は実在しないことを示した

ゼノンもまた自然が一であることを示した
2019/02/01(金) 08:13:47.110
二律背反は対象であり自然と理解する論理の関係
2019/02/01(金) 08:18:09.170
無は理解の媒介であり、無はまさに無い

観念に在る無は無いものが在るという矛盾
2019/02/01(金) 09:18:31.840
三浦つとむさんの「弁証法はどういう科学か」を少し書き直したい

滝村氏がいうように認識論の大家ではあるが、思想としては駄目な気がする

氏のインパクトは大だが


良い本ほど毒を含む
吉本隆明
2019/02/01(金) 09:22:18.930
何もわからなくなり、うずくまっていたわたしに光を射し込んだ恩人です

わたしにはこれしかないのですが
2019/02/01(金) 09:26:20.160
結局ヒトは「地球へ・・」の最後のページになるのでしょうか

私たちはその中でやるしかないのだと
2019/02/01(金) 09:33:01.710
「真夜中の太陽」
今好きな曲
互いに支えあった人を喪い、病をえて
亡くした人に精一杯報いたいのではありますが

「朝の扉をひらく時」
「一人でお帰り」

人間とは、生きるとは
学問はそれに尽きるのか

さて法事です
181考える名無しさん
垢版 |
2019/02/01(金) 11:02:24.410
http://ir.library.osaka-u.ac.jp/dspace/handle/11094/4517
https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/4517/hs17-167.pdf

《私の課題はラッセルの論理学を内部から攻撃することではなく,外部から攻撃することである。
即ち,ラッセルの論理学を数学的に攻撃するのではなく,〜もし数学的にであれば私は数学を営むことになる〜
ラッセル論理学の位置,職務を攻撃することである。
私の課題は,例えばゲーデルの証明について論じるのではな く,その証明の傍を通りすがりに論じることである。》
(『数学の基礎』第VII部19節)

一言でいえば,数 学者ゲーデルよりも哲学者ゲーデルをウィトゲンシュタインは批判したのである。
2019/02/01(金) 19:19:19.900
光速度一定の原理は座標原点で理解し
その実在を否定する

つまり理解の理解
理解は否定
その否定を否定する

光速度一定の原理=否定の否定の法則
2019/02/02(土) 02:44:21.190
光速度一定の原理が示すことは豊穣だ
パルメニデスを裏付け、量子力学の自然理解というか、認識の在り方を示している

わたしは、エネルギー保存則と共に自然理解の基礎だと主張する
2019/02/02(土) 07:42:01.790
不完全性定理はクレタ人の逆説が本質で
運動定義と同じです
運動を定義すると、規定とは否定だから決定不能となる

自身は対象の否定です

決定不能は理解自身が持つ遺伝子です
2019/02/02(土) 07:43:22.250
可知か不可知か、それも決定不能ということでしょう
2019/02/02(土) 08:57:14.950
カントの二律背反をホーキングは一行で片付けいた。
神の方程式とか無規定な数学的理性の暴走でしょう。

結局私たちの現在はその程度なんでしょう。
2019/02/02(土) 08:59:54.490
火星の運河発見みたいなノーベル賞も。
2019/02/02(土) 09:10:00.830
わたしの限界が仄かに見えてきたかな

まとめていますが、うーん


古本屋にディースカウ、シューベルト二十二枚組歌曲集、九千円!
買いたいが、さて
189考える名無しさん
垢版 |
2019/02/02(土) 09:46:14.290
決定可能とは、effective methodが存在するかどうかという実利的な問題であって、
不完全性や矛盾などとは関係ない。(もちろん関係はみいだせるがw)
混同しないように。
2019/02/02(土) 10:39:35.430
詳しく
2019/02/02(土) 19:58:37.450
決定可能 decidable
完全性 completeness,totalness,exactness,perfectness,fullness
完備性 completeness
矛盾 contradiction
これらを、数学という文脈から切り離してしまうと、また違う意味になる。
2019/02/02(土) 20:21:47.120
矛盾を許容してしまうと、決定性も完全性(完備性)も限定された中でしか成り立たない。
同様に、決定不能性も不完全性も限定された中で...

あらゆるものを存在させたり考えたりするためには矛盾があればよい/必要である。
ただし、矛盾はパンドラBOXに閉じ込めねば使えない。限定的ではあるが、別名を「公理」ともいうw
自然は矛盾からできている。あるいは、自然は矛盾によって駆動されている。
矛盾を仮想粒子として考えるとき、矛盾は「大きさ」のようなものを持つだろう。
たまにこいつをアザトースとも呼んでいる。
ネーターの定理あたりからこいつを召喚できるのではないかと考えているのだが...手ごわい
2019/02/03(日) 12:30:08.900
哲学、科学、数学が理解出来れば何でも良い
現状は納得出来ないだけ

納得しているのは鵜呑みにしているだけのようにわたしには映ります
2019/02/03(日) 12:32:40.820
ホーキングの説明とか風船の喩え、鉛筆・・

本当にわかりますかね?
2019/02/03(日) 12:39:07.960
>>188
二十三枚みたい

谷山浩子さんの曲、なかなかま惹かれます
感覚は変容しますから

野菜が美味しくなるのは味覚の鈍化だと読んだことがあります
音楽はさて
いえ、先年ミヨーの歌曲聴いて、感じ入りまして、それが果たして・・
2019/02/03(日) 14:48:44.010
直感的に理解できないのであれば、圏論などを利用して「(自然)変換」で扱うというのはいかがでしょうか。
数学が得意でないのであれば、また別の方法を考えます。
単純に、暗黙的に語られている部分がひっかかっているのだと思われます。
その暗黙的部分を無視して公式を記憶するだけの理解はつまらないと思うし、わたしも耐えられません。
語りえないものには沈黙する、のではなく、語りえないものを語らずに扱う。
それが(哲学的手法のひとつとしての)科学的手法です。
2019/02/03(日) 22:25:58.910
https://youtu.be/IgqkCREHN2I
2019/02/04(月) 08:18:19.220
わたしたちは現在いるところを過程として見ないで、固定して見てしまう。
資本主義はまた修正されていくだろうし、社会主義は国家制度としては駄目なことは証明されているが、ある程度は採り入れるべきだろうと思う。

学問は科学でさえまだ怪しい。
数学、哲学もしかり。

どこまで確かと言えるのかがわかれば、それは凄いことらしい。
わたしは基礎を確立したい。

理解しがたいものは理解の本質の問題でもあるのだとわたしは理解している。
わたしたちは後世に貢献できるのか、はたまた鴎外になってしまうのか。

ただわたしには現在の路線で科学が突き進むとはとても思えない。
ラーナーが語るように第二の科学革命が必要な時でしょう。
日本がその時に付いて行ける様にと思わざるを得ません。
2019/02/04(月) 08:35:36.300
日本の知的レベルは世界有数らしい。
それは戦国以来の外人たちの証言でも伺える。
短期間で欧米列強に伍する国力をつけることで証明されている。

ただし、原理的なところでは古来より外国文化を押し戴き、それを発展させることが得意で自ら考えることはほとんど無い。
根本順吉?さんだったかな、気象学者がと学会の擬科学批判の在り方について批判的に書いていたが、彼らは第二の鴎外に成りそうではある。
この会は、あまりにも現在の知を固定して捉えすぎている。
彼らはいたって知の発展を阻害する勢力になるだろう。
それは学問の常ではあるのだろうが。
現在の知は、根本として考え直さなければならないのだと思える。

現在の日本の文化状況は、新しい事態を切り拓くことは可能にしているとさえ思える。
どうかニュートンが日本から出現しますように。

若い人たちに十分豊穣な知の土壌に耕し、提供することがわたしの夢です。
2019/02/04(月) 08:49:50.380
わたし自身は能力は生成するものだと考えている。
可能性としては個々の差はそれほどなく、どんな土地に植えられ、栄養を与えられ
それをどう選ぶのかが能力生成の鍵ではないかと。

現状はあまりにも偶然に頼りすぎていて、歩留まりが低すぎるのが現状でしょう。
日本では様々な教育法が実験されているようです。

学校で秀才でなくとも、学問で秀才になることがありますし、社会で上手くやれる人は必ずしも学校の秀才ではありませんし。

バブルで上手く切り抜けることができたの人は必ずしも学校の秀才ばかりではありません。
中学しか出ていない人が、こんな時は危ないと手を打っていたりしていて、体験を生かしたりしています。
わたしの父母も、知り合いもまたそうでした。
知り合いなど漢字がまあ読めないこと!

いろんな意味で人間の現在はそれほどではないが、それでも優劣は擬制でも決めなきゃいけない。
また、それで劣等感を抱く必要はないわけです。
ただしそれはあまり言ってはならないことかも知れません。
2019/02/05(火) 09:38:52.570
数理論理学に取り組むかあ
2019/02/06(水) 02:10:19.080
ラッセルのもまた否定関係の自己言及です
床屋は否定関係になり、一が多に成っている
多で一を規定し、多を自己言及で否定する

規定とは一の否定→規定の自己言及による多の否定→決定不能

もう少しかな
2019/02/06(水) 06:59:00.940
>>202
ラッセルのはクレタ島のとは少し違う気がしますが。 
 
うーん。
2019/02/06(水) 22:01:20.760
>>163
https://www.youtube.com/watch?v=72EI7IM14Wo

備忘録
同時性が気になって

これは天動説、地動説の関係かな
ある系内事実は他系内では異なるが、系内では互いに事実・・
2019/02/09(土) 03:09:57.490
>>204

科学が観測された自然である証拠ではないかと
2019/02/09(土) 08:38:39.320
始まりは加速だな
ははっ、今気がついた
2019/02/09(土) 18:55:46.500
数理論理学って独学である程度いける?
少なくとも不完全性定理の解説本を読んで理解できるレベルまで
2019/02/10(日) 21:08:25.840
論理学ではなくて数理論理学ならベン図のようなものを理解できれば独学でもいけるでしょうが、
一階述語論理あたりまでかなぁ、とも思います。
不完全性定理は、いいかげんな本も多いので要注意です。
ゲーデル 不完全性定理 (岩波文庫) は必ず入手しましょうね。
2019/02/10(日) 21:20:07.360
非古典的論理において、不完全性定理はどうなるか。
そもそもなにをもって「完全」とするのか。
非古典的な数学をゲーデルは考えたことがあるのか。
いい文献ないかなぁ。
2019/02/11(月) 00:40:44.190
>>208
高橋昌一郎さんは結構あやしいみたいですね
2019/02/11(月) 22:08:16.420
集合論すらかじった程度の知識しかない俺なのだが。
今ちょうど独学でゲーデルの不完全性定理に取り組んでるんだよ。
でも1人でやってるとついついサボってしまうね。
数学板はレベルが高過ぎて近寄れないし、というわけでここにきた。
皆の調子はどうよー。
2019/02/11(月) 22:52:03.760
>>211
具体的には何を読んでるの?
213211
垢版 |
2019/02/11(月) 23:38:08.010
レスがつくと嬉しい。
実は哲学板は初めての書き込みなんだよ。
「言葉」って哲学ではどう定義されているんだろうなぁという疑問があって、質問するのによさげなスレッドを探してたらこのスレッドが。

不完全性定理については電子書籍で色々と買ったよ。
今読んでるのは「コンピューターは数学者になれるのか」ってやつね。
まだ序盤だけど。
2019/02/12(火) 08:29:38.160
>>211
数学者のはある意味空中楼閣だと
レベルは高いが、基礎は怪しい気がする
215211
垢版 |
2019/02/12(火) 21:13:25.410
>>214
その基礎というのがどういったものかちょっと掴めないが。
言わんとしてることはなんとなくわかるかもしれない。
2019/02/13(水) 10:43:22.500
>>213
理工系出身?
217考える名無しさん
垢版 |
2019/02/13(水) 13:24:06.170
論理学は出口某が言うように小学校の国語でまず教えるべきだ
そうでないと後に神秘化しやすい

例えば出口は以下の教材を小学一年生に用意する

(もんだい)つぎの えは  「にくを くわえた 犬」の はなしを
      えに したものです。はなしの じゅんばんに ならべて
     「あ」「い」「う」「え」の きごうを あとの ( )に
      かきましょう。
http://2.bp.blogspot.com/-Ejfb7oX6BWU/VHxR-aqxEsI/AAAAAAAAn1U/9SaTZJqnj4E/s1600/ronri3.jpg
出口汪(でぐち ひろし)「論理エンジン 一年生」(水王舎2007)より


こたえ( い→ え→ う→  あ)

不完全性定理は>>19で指摘されるように素数を使うから算数の素養は必要だがそれでも
>>84 の3つの作業の順番を守らないと意味がないから上の小学生用の問題と同じだ
2019/02/13(水) 14:50:46.130
間違えたりして
2019/02/13(水) 19:27:36.620
>>217 の正解は
う、あ、い、え
だと思う。
え、から、う、へ続くには戻らねばならないので、続かない。
すでに橋の中央から向かって左側へ進んでいるのだ。
220211
垢版 |
2019/02/13(水) 20:24:48.430
>>216
情報処理を学んでいたけどずいぶんと昔の話だし当時は暗記で乗りきってしまったから現代の情報理論とかさっぱり。
そしてそもそも数学は苦手だったという。
2019/02/14(木) 14:13:42.180
>>220
それなら素養があるね
自分は法学部卒だけど、数学がサッパリ解らないので高校数学からやり直してる
遠回り過ぎるけど、楽しいからいいことにしてる
222211
垢版 |
2019/02/14(木) 19:13:48.190
>>220
>それなら素養があるね

少なくとも数式が飛び交うような数学は苦手なのは間違いないw

>自分は法学部卒だけど、数学がサッパリ解らないので高校数学からやり直してる

こちらは高校数学とかもう殆ど忘れてしまってる……。

>遠回り過ぎるけど、楽しいからいいことにしてる

基礎からしっかり固めていった方が最終的には目的地に早く辿り着けそうではある。
223211
垢版 |
2019/02/14(木) 19:17:51.400
アンカをミスってしまった。
わかるだろうからわざわざ訂正はしないがいちおう。
224考える名無しさん
垢版 |
2019/02/14(木) 21:20:00.970
定理の目印に素数を使うアイデアはライプニッツから
対角線論法はカントールから
背理法は(人名をあげるとすれば最初の使用者とされる)ユークリッドからゲーデルは学んだ
つまり
ライプニッツ×カントール×ユークリッド=ゲーデル不完全性定理
といいことになる

この中で対角線論法についてはウィトが文句を言っている

数学の基礎におけるウィトゲンシュタインの対角線論法批判は、
それが計算されたものではなく計算方法を示しているだけで
全体を見渡せないというものだ
ゲーデル数は自体はウィトの後期の転回によって立場が近いから
不完全性定理への疑義は対角線論法を認めるか否かにかかる
「その証明の傍を通りすがりに論じる」(>>181)というのは対角線論法に対する態度に対応する
再帰的でないという批判も素数部分ではなくやはり対角線論法の部分にかかってくる
個人的には対角線論法でも充分見渡していると思う。むしろ見渡している最高の例だと思うが。

ライプニッツに関してはゲーデルがライプニッツ研究に入れ込み過ぎだとエルデシュから文句を言われている

http://pho.hatenablog.com/entry/20110804/p1
『きみ(ゲーデル)が数学者になったのはみんながきみを学ぶためであって、きみがライプニッツを学ぶためではない』
2019/03/11(月) 20:18:45.730
そろそろ始めるか
226考える名無しさん
垢版 |
2019/03/30(土) 22:38:18.480
よし
227考える名無しさん
垢版 |
2019/04/04(木) 21:53:37.500
不完全性定理によると
証明できない真理が有る
公理は証明できないのに真であるとみなすのだから、公理は不完全性定理で言う「証明できない真理」に当るよね?
2019/04/05(金) 06:33:44.940
それは当たらない
2019/04/06(土) 04:37:04.660
>>227
> 不完全性定理によると
> 証明できない真理が有る

より正確に言えば「公理からは証明も却下もできない命題が存在する」だ (注:「ある命題を公理から却下できる」とは「その命題の否定を公理から証明できる」ということ)

> 公理は証明できないのに真であるとみなすのだから、公理は不完全性定理で言う「証明できない真理」に当るよね?

個々の公理はその公理自身から証明できるので何の問題もなく、不完全性定理で存在が主張されている命題とは全く違う
2019/04/06(土) 11:27:50.590
>個々の公理はその公理自身から証明できる

なんだそりゃ
231考える名無しさん
垢版 |
2019/04/06(土) 19:55:58.570
PならばPだろ
2019/04/22(月) 04:42:49.410
不完全性定理自身の不完全性定理性
2019/05/21(火) 14:09:51.930
>>47
衝突しないけど……
弱者が権力者に対して、プロテスタンティズムの倫理観に反しず、公共の秩序を損なわない範囲で
認められてるのが言論の自由

なんでもかんでも好き勝手に言えるのが言論の自由だー
という昨今の一部の人等に対しては
近代西欧の自由主義者達は苦言を呈するだろう
2019/05/29(水) 04:56:26.440
自身で無矛盾であることは証明できないということは他との関係では無矛盾であることを証明できる可能性は否定していないということ。
2019/05/29(水) 13:33:01.070
そもそも誰かに他との関係で無矛盾の証明を求められているのか?
2019/05/29(水) 20:24:48.740
>>235
w
2019/05/29(水) 22:36:15.160
wで済んだらゲーゲルはいらない
2019/05/30(木) 08:50:53.660
>>237
ww

一つだけ増やしてみました
2019/05/30(木) 22:55:00.910
雑草
2019/06/04(火) 09:09:10.040
wwwwwwwwwwwwwwwwwww
wwwwwwwwwwwwwwwwwww
wwwwwwwwwwwwwwwwwww
wwwwwwwwwwwwwwwwwww


手の行き届いた芝生 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:1341adc37120578f18dba9451e6c8c3b)
2019/07/23(火) 22:03:49.370
>>229

それは第1不完全性定理でしょ。

227の言おうとしたのは第2不完全性定理の方じゃないかな?「PM(Principia Mathematica )の公理系が無矛盾なら、その事実(を形式化した命題)はPMの公理系からは証明不能」とかいう奴。

つまり、無矛盾という仮定のもとでは「無矛盾」というのは内容的に真だけど、証明不能という。

ちゃんと勉強したことないので、間違ったらごめん。
2020/03/20(金) 20:21:56.370
実は全て決定不能っていう決定
2020/03/20(金) 20:28:44.820
対象は、規定を否定して無矛盾が証明される
規定自身は対象との関係で無矛盾が証明される

規定自身、対象自身で無矛盾であることは証明できない
244211
垢版 |
2020/03/21(土) 19:29:21.790
結局、去年は不完全性定理を踏破できなかった。
敗因は趣味の独学だからである。
自分は夏休みが終わってから夏休みの宿題をやっていた人間であり。
そして今の自分は永遠の夏休みの中にいるようなものである、なぜならそこに叱ってくれる先生や泣き言を漏らしながら励まし合う仲間が現れることはないのだから。
ということで一年ぶりにここに戻ってきた。
皆、ゲーデルしようぜ!
245考える名無しさん
垢版 |
2020/05/30(土) 14:11:39.280
>>241
第二不完全性定理の言明
(ペアノ算術を展開できるような公理系は、もしも無矛盾であるならば、自分の無矛盾性を表現する文を証明できない)における
「公理系が無矛盾である」は「その公理系の公理」ではないです。

むしろ第二不完全性定理からの系として

・ペアノ算術を含む公理系に「その公理系は無矛盾である」ことを表現する文
(たとえば「論理式"0=1"は証明可能な文の集合に含まれない」という主張を論理式で書き表したもの)を
公理として付け加えると、そうしてできた新たな公理系は必ず矛盾した公理系になってしまう

ことが言えます
246考える名無しさん
垢版 |
2020/05/30(土) 15:01:18.500
こいつ哲学者じゃないし
2020/05/30(土) 22:13:44.200
>>245
> 第二不完全性定理の言明
> 「公理系が無矛盾である」は「その公理系の公理」ではないです。

ここは正しいが

> むしろ第二不完全性定理からの系として
>
> ・ペアノ算術を含む公理系に「その公理系は無矛盾である」ことを表現する文
> (たとえば「論理式"0=1"は証明可能な文の集合に含まれない」という主張を論理式で書き表したもの)を
> 公理として付け加えると、そうしてできた新たな公理系は必ず矛盾した公理系になってしまう
>
> ことが言えます

これは完全に間違い

「その公理系は無矛盾である」という公理を追加した公理系は、
もはや公理を追加しようとした「その公理系」とは異なる公理系であるので
その追加された新たな公理系は矛盾していない

例えば、ペアノの公理系(T0と呼ぼう)に「ペアノの公理系は無矛盾である」という公理を追加した結果として得られる公理系T1は無矛盾だ
事実、T0つまりペアノの公理系は無矛盾だとペアノの公理系よりも真に強い公理系を使えば証明できるからね
この正しい事実を公理としてT0に追加しても矛盾しようがない
但し、T1の無矛盾性はT1では証明できない
それがゲーデルの第二不完全定理の示すところだ

同様にT1に「公理系T1は無矛盾である」という公理を追加して得られる公理系T2も無矛盾だがT2の無矛盾性はT2自身では証明できない

このようにして任意のn>=0に対して順番に、公理系Tnに「Tnは無矛盾である」という公理を追加して得られる公理系Tn+1は無矛盾だが自分自身の無矛盾性は証明できない

この公理系拡大操作は幾らでも続けることができて確実により強くて無矛盾な公理系が得られる
248考える名無しさん
垢版 |
2020/06/01(月) 21:26:41.650
>>247
あーほんとだ
公理系Xに文「Xから0=1は証明されない」を公理として追加したら、それは別の公理系Yだ
Xが無矛盾ならXではその文を証明できないというのが第二不完全性定理
でも新たな公理系Yでその文を証明できるのは当たり前(しかもYは無矛盾)

第二不完全性定理からその無矛盾な公理系Yについて言えることは
Xからそのようにして作ったY(証明や反証が可能な論理式は増えてる)であっても
Y自身の無矛盾性(Yで証明可能な文の集合に文0=1が含まれない)はやっぱり証明できない、ということか

そして無矛盾な公理系同士の間で、「相手の無矛盾性を証明できるか否か」という関係を考察することができると・・・
なるほどー
249考える名無しさん
垢版 |
2020/08/19(水) 21:01:36.270
不完全性定理の本当の意味は、ある言葉の集合で、できる論理文の真偽を決めようとすると、
更に必要な言葉を追加しなければならず、その言葉を追加すると、
更に真偽を決める必要のある論理文ができて、これが繰り返されて、切りが無くなり、
いつまで経っても真偽を決められない論理文が増え続ける、という事なのです。

だいたい自然言語を見れば解るのですが、言葉がどんどん増えて、
真偽の決められない文が、ますます増えている事が解かるわけです。
数学でも同様な事が起きるわけです。

それで人工的に、完全な範囲の言葉の集合と文の生成規則を決めて、
真偽が決まる範囲に限った、完全性定理の範囲の数学が考えられました。
一般に高階論理の範囲では、真偽が決まらない文が発生しますので、
一階論理に限った、論理積と論理和の論理木で表される、一階論理述語で実装された、
人工知能言語で、知識データーベースや、自動証明プログラムを実行する、
プロログというコンピューター言語が活躍しています。
2020/10/07(水) 03:50:34.700
やっぱり、大学で学ばないと理解できないかなあ
251考える名無しさん
垢版 |
2020/11/22(日) 16:59:44.790
誰か語れる者はいないのか?
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