ゲーデルの不完全性定理は数学の一部の話なのに、その考え方を哲学や社会学、思想などに援用して語るのはおかしな話ってことか?
それにしても、ゲーデルの研究してる人って少なくとも日本じゃ哲学者ばかりじゃないか?
岩波文庫の訳者もそうだし、数学の哲学とかの著者もそうだよな?
数学的素養のない哲学者は哲学者を名乗ってほしくはないことを前提として、哲学者がゲーデルを語るっていうのはもはやスタンダードなんじゃないのか