とにかく、生まれる前は(ないし死んだ後は)意識がないし欲求もない
し、充足も不充足も選好もないし、快も苦もないというのは、当然の事実で、私も反対しておりません。
問題は、「生まれないことによって(あるいは死ぬことによって)未来の
快の可能性を回避することは(誰にとってかはともかく)良いことでも悪いことでもなくて、
苦の可能性を回避することは(誰にとってかはともかく)良いことなのだ」という
謎理論wの根拠(とその帰結)であって、
何で「万人に共通する現実の構造を踏まえた上で反出生論が成立する」のか、
相変わらずさっぱりわからないのですが。

「人権」の件ですが、別に反人権思想だからいけないなどというつもりは
全くなくてw、反出生主義はどう転んでも反人権思想にしかなりようがないのだから、
人権を旗印にするのは無理ではないか、と問うているだけです。

そもそも、純粋に客観的に見れば、別に人間が他の生物(犬猫やゴキブリやダニや)より
貴重だと考えるいかなる理由もありません。同様に、生物一般が無生物(石ころとか)より貴重だと
考えるいかなる理由もありません。
同様に、とにかく何かが存在している方が、何もないよりましだと考える理由も、特にありません。
同じように、仮に人間や他の生物が苦を感じず、快だけを感じて幸福に暮らしている世界(幸福宇宙)
と、人間や他の生物が永遠に続く苦と絶望にのたうち回っている世界(不幸宇宙)があるとして、
前者が後者より「客観的によい」と考える理由も、別にありません。快とか苦というのは、客観的には
単なる現象であって、よくも悪くもありません。