小林から、吉本、柄谷、最近の呉座に至るまで、彼ら日本のインテリが
共通の問題として抱えてたのが、「表象」への不信であり、気分的な偶
像忌避だと思う。
そういう問題をiconoclasmという用語は知らないながらも、大体は欧米
のインテリ並みに正確に把握していたのは花田清輝だけだっと思う。
呉座の百姓一揆に対する理解でも、一揆の持つ無名性やiconoclasmの要
素に彼は注目していた。加えて連歌などの共同制作と連判状や、血盟書の
焼き捨てなどにも。