>>690
> 「掟は、法のように明文化されていないし罰則もないけれど、人はめったにそれを破らない。
> 掟で禁じられていることをやればいわば村八分にされるからです」
> (柄谷行人『ニュー・アソシエーショニスト宣言』173)。


こういうことを今更ながらに言い出してきた柄谷が、どうしても解せない、
というか許せないと思うのはさ。。。

要するに、ここで柄谷が言いたがってることとは、

所詮、人間の中で、個人というのは、 一般性からの乖離というのに、
あらゆる意味で、堪えれられなくなるものなんですよ。。。

ということでしょう!

それなら、柄谷が今まで徹底的に否定してきたように見える、

吉本隆明的な、大衆との乖離を否定せよという批評、定言命法に対する敵意とは、
今になって見れば、一体何だったのか?

ということなのよ。

これは結局、
すべては共同体の中の政治に回帰していったという結論に過ぎない
ということではないのか?

ボイコット主義とか村八分とかの意味と価値を今更ながらに持ち上げようとする
柄谷の内面には、なんか底知れぬ闇の深さだけを感じるのだが。。。