>>930

いや。そんな「高尚さ」が本当に実在しうるのか?という問題ですよ。
つまり、現代社会の今となってみれば、それらの正体とはすべて
主観的な思い込みに、還元されうる類ではないのか?ということ。


現実のNAM会員たちが、実際に営業活動を始めて、
他者たちに、様々なる「啓蒙活動」かつ、新しい貨幣を売るというセールスへと
駆り出されていったわけだけど。
結果的に、それらを高尚だったとか言い張ることは、もう全くできない身分にまで
みなが落ちぶれてしまった。

高尚さの主観とは、常にそういう危険を孕んでいるわけであって、
それが文学的な世界観の意識からは、必然的に漏れ出てくるところの幻想性だったにしても
その意識、主体の持ち方には、本来警戒心が必要なのではなかったのか?

我々、人間の社会というのは、どうせ同じ間違いを性懲りもなく
また何度も繰り返すのだろうが。。。

しかし、今回の過ち(第一期NAM)とは、十分、事前に防止できたはずだったのだ。。。