政治の事を「祭り事」と呼ぶように政治と宗教は本来一体のものだった。

これは人類普遍である。

ただ政治と宗教が一体だった為にヨーロッパでは宗教改革後プロテスタントとカトリックの宗教戦争が起きる。

ドイツ三十年戦争ではドイツ人口の三分の一の人口が失われフランスのユグノー戦争も悲惨をきわめた。

その反省からオルタナティブとして啓蒙思想が現れ政教分離が強く主張されるようになった。

イスラム世界はその経験をしてないから宗教戦争以前のキリスト教世界と同じ感覚にある。

基本的に中国は儒教が国教で私的に仏教や道教が信奉されたのでヨーロッパの殲滅的宗教戦争はなかった。
儒教は世俗的宗教だった。

日本は明治時代の神仏分離まで長く神仏習合信仰で江戸幕府は国教として儒教を定めた。

中国及び江戸幕府の儒教は朱子学で別名究理学と呼ばれた。

物理学が西洋から導入された時に最初究理学と訳されたように当時の限界で理に重きを起き神秘主義を排したのが朱子学だった。

世俗化に日本や中国や韓国がわりにすんなり適応したのはこのせいだろう。